今日の松屋

 そして今、42分後の街には大きなサイレンが響き渡っていて、ミサイルが向かってきているという放送に人々はパニックになって逃げ回っている。私は街に出た。そこには戦時下とは思えないほどの日常があった。42分後に何が起こるのかも知らずに過ごす人々がいた。

 街を歩きながら42分後の未来を見続ける。体に響くような低い音が近づいてきている。今、自分の目にはいつもと変わらない街が映っている。42分後の音が高く響いたあと、遠くで大きな音がして、そちらから何かが向かってくるような気がしてじっとしていると、大きな音がこちらに向かってきて、体を強く押されたあと、未来は真っ黒になった。

 目の前には、戦時下でも当たり前のように営業を続ける松屋があった。お客が2人だけの店内は、あまりにも平和だった。私は、未来が見えなくなったことで、自分に、そして世界に何が起きたのかを悟った。あと30分程で、さっき見たサイレンが鳴り始める。ここから私にできることなど何もない。


「最後の晩餐にするか」

人生で本当に言うことになるとは思わなかった。晩餐と言うにはまだ早い時間ではあるが、最後の松屋は夕日があれば最高だ。しかし待てよ、本当に松屋を食べてる場合なのか。こうして冒頭の状況になる。

 見えている未来は相変わらず真っ暗なままだ。世界からあらゆるものが消え去り、そして、42分後の彼女はもういない。私は真っ黒な未来を見たまま松屋に入り、あのときと同じ牛めしを注文した。

 もう未来は見えなかったが、過去が鮮明に見えた。私と彼女の生きる世界を救い、疲れ切った体で食べた牛めし。微笑みながら水を持ってきてくれる彼女。食べ終わったあとに外を眺めながら無言で過ごした時間。去っていく彼女と夕日。

 涙が溢れそうになって慌てて牛めしを口に運ぶ。あのときと同じ味だった。そのとき、真っ黒な未来に一瞬だけ彼女が見えた。まだ私が見たことのない42分後の未来の彼女の姿。もう一口食べると、また彼女の笑う姿が見えた。

 まだ未来は書き換えられるのかもしれない。サイレンを鳴らさないようにできるかもしれない。世界を救えるのかもしれない。彼女の笑顔をまた見れるのかもしれない。

 私は残りの牛めしをかきこむと松屋を飛び出した。42分後の未来は白く輝いている。

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世界を救うか、松屋を食うか。 伏見同然 @fushimidozen

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