第10話 重い愛情


 バタンッ!


「レイナ! レイナはここにいますか?」


 昼食を終えた頃、急に扉が開き、同い年くらいの黒髪黒目の少年が入ってきた。


「わぁっ!」


「ルナ!」

「ルナさん!」


 驚いて転びそうになったルナを、「おっと」と受け止める。


「すみません、急いでいたもので……怪我はありませんか」


「だ、大丈夫です」


 「ん?」と黒髪黒目の少年が不思議そうに首を傾げる。


「貴女は、ここの方ではないですね。どちらからいらしたのですか?」


「えっ、えっと……」


「あっ、申し訳ありません。私としたことが……」


 コホン、と咳払いをして背筋を伸ばす。


「私はフィリップ・マーティンと申します。以後、お見知りおきを。お嬢さん」


「え、フィリップってレイナの……」


 次の瞬間、フィリップという少年の瞳が、赤く光った気がした。


(――?)


「ルナさん!」


 ハッとオスカーの方を向く。


「あ、れ?」


(今、一体何が――?)


 ルナはぱしぱしと目をしばたたく。


「フィリップ、様……」


 レイナが動揺した瞳でフィリップを見る。


「レイナ! 会えてうれしいよ」


「来てくださるなら、文を送って……」


「あれ、送ったはずなんだけれどな。ちゃんと送れてなかったのかもしれない」


「今日は、何用でここに……」


「この前、君の従者から手紙があったんだ。”レイナ様がお疲れのようなので、一度フィリップ様のお顔をおみせになるのがよろしいのでは”って」


「そう、ですか……」


 ふう、とレイナがため息をつく。

そこで、オスカーが口を挟んだ。


「はじめまして、フィリップさん。俺たちは王都の城下町から来たフィオレン劇団の一人、オスカー・レファールと申します」


「ルナレイン・アルファです」

「アルフレッド・ディーラ……」

「コルン・ダンテだよぉ」

「レオナルド・ジーン!よろしく!」


「……ふぅん、君たちが――」


 ボソッとフィリップがなにかつぶやく。


「え?」


 フィリップは、何事もなかったかのように笑みを浮かべる。


「レイナ! 久しぶりに二人で話がしたいな、客室を借りても?」

「……わかり、ました」


 レイナはちらっとルナの方を見てから、フィリップについていった。


「大丈夫かな」

「大丈夫でしょう、レイナさんなら」


「……うん」


ルナはそう返事をして、客室へと向かうレイナの背中を、心配そうに見つめるのだった。



   *  *



「レイナ、フィオレン劇団のルナレインさんとは友だちになったの?」


「友達……というほどではありませんが」


「よかったね。――でも、オスカー君とアルフレッド君たちは少し気に入らないな。なにか変なことはされてない?」


「そんなことはされていません! みなさんとても優しくしてくださいまし……!」


 あっ、と自分の口をふさぐ。

自分へ向けられたフィリップの瞳が、とても冷たかったからだ。


「レイナ、君は騙されているんだよ、きっと」


「え」


「……君は騙されやすいからなぁ。ちゃんと俺が見てないと」


 フィリップがにっこりと笑いながら、レイナの手を取る。


 ――いや、一つも笑ってなどいなかった。


「大丈夫、俺がいるから。この世の全員を敵にしても、守ってあげる」


「っ!」


 怖い。ルナが言った「大丈夫」と、フィリップが言った「大丈夫」は、全くの別物だ。


(怖い、怖い……誰か、助けて!)


 コンコン


「あの、お茶の時間になったので呼びに来ました。レイナとフィリップさん、いますか?」


 ルナの、声だ。


「わかりました、すぐいきますね」


 フィリップが、返事をする。


「どうする? レイナ」


「私は、少し、お部屋で、休みたい、ので……」


「わかった」


 そう言って、フィリップは客室から出ていった。


 レイナは、その場にへたり込む。


「……っ」


(また、助けてくれた)


 ありがとう。心のなかで、そう思った。



   *  *



『オスカーさん、アルフレッドさん、コルンさん、レオナルドさん、少しよろしいでしょうか?』


 昨日、アル達がフィリップにそう言われた。


『明日の夜、四人で近くの林に来ていただけませんか? 目印に枝に赤いリボンを付けておきます。なるべく内密にお願いしますね』


「ルナには話したんだっけ?」


「ああ、他にもハルヴィ団長とレイナに話した」


「大丈夫でしょうか」


「大丈夫……って言いたいけど、そうとも言えないよねぇ」


 約束の林に向かいながら話し合う。


「今のところ、他の方々に魔法をかけ、レイナさんの婚約の話を持ち上げた犯人はフィリップさんの可能性が高い……。ですが、腐蝕の風の事も考えなければ」


「ああ、腐蝕の風のことだけどねぇ、僕ちょっとレオと調べてたんだ」

「なに?」


「確かに、ここに来てから強い風が吹いてたんだ。だけど、嘘だったんだ」


「……え?」


 全員が、レオに注目した。


「風は吹いてるけど、植物はきれいに咲いてた。しかも風が強く吹く方に行くと、腐蝕なんてしてなかった。逆だった」


「とても豊かだった……ということですか?」

「うん」


「じゃあ……腐蝕の風は俺達を村に誘い込む嘘……?」


 一瞬の沈黙が流れる。


「そうだよ」


 ハッと声がした方を向く。


「腐蝕の風は嘘。そして、レイナの好きな人がいる劇団が近づいているとの知らせがあった……つまり、レイナの好きな人を潰すチャンスが今」


 赤いリボンを持ったフィリップが、にこりと笑みを作った。


「ルナレイン……だっけ? レイナと良い関係を築ければいいな。抵抗しないように村の者と同じ催眠術をかけようと思ったのに、すごくいいタイミングで邪魔してくれたね?」


 背筋の凍るような瞳で、アル達を見る。


「今までの行為は、全てレイナさんのためだと言うことですか?」

「そう、全部レイナのため、愛があるからこそできる。……君たちは、邪魔者なんだよ」


「……そんな愛情、相手が喜ぶわけがないだろ」


 ピシ、と空気が凍りついた。フィリップは目を見開いて、アルを見た。


「一方的に自分の気持ちを押し付けて、レイナは幸せそうにしてたのか? 俺は人の事情なんて興味はない。……だが」


 アルはキッとフィリップを睨む。


「人を不幸にするやつは、絶対に許せない……!」


 別に怒鳴っているわけではない。なのに、この迫力は何なのだろう。


 声が、出ない。


「……な、なんだと、貴様ぁっ!」


 フィリップがアルの首を締める。ダンッと木に打ち付けられた。


「かはッ……!」


「アル!」


「お前ら! こいつらをとらえろ!」


 アルを助けようとした四人が林から出てきたフィリップの手下に襲われた。


「そうか、お前か! レイナの好きなやつってのは」


「うう……!」


「レイナのためだ、消えろ!」


 更にアルの首にある手の力を強めた。


 その時――!


「アル――っ!」


 聞き慣れた声が、響き渡った。



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☆ここまで読んでくださってありがとうございます!♡や、やさしい感想等お聞かせ願えるとうれしいです!SANA✿☆

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