第7話 神崎宏人という人

 深夜0時。

 宏人さんたちが最後の客だったようで、今日はお店を早めに締めることになった。


「ちょっとちょっと紫乃さん!」


 更衣室で着替えていると、この店売上ランキング上位の奈月ちゃんが声をかけてきた。


 奈月ちゃんも同じくVIPルームの対応をしていたうちの1人だ。


 奈月ちゃんは、大学生なのにほぼ毎日出勤していて頭がいい上に努力家で人懐っこいところが沢山のお客様に愛されている。ランキング上位なのも納得の人物だ。

 

「どうしたの?」


「どうしたのじゃないですよ!神崎さん!どうやってあの神崎さんに指名貰ったんですか?」


 (いやどうしたも何も私は何もしていない。宏人さんが私を助けてくれたことしかされてない。)


 「ちょっとトラブルがあってフォローしてくれただけだよ…」


 あまり連れ添いの方の悪口を言うのは良くないかと思い、詳細は濁した。


 「へえ~?それだけですか?」


 「それだけって?他になにがあるのよ」


 「ん~キスしたとか?」


 「きっきすううう?!///」


 突然の大声に更衣室で着替えをしていた数名の女の子たちが私たちを見る。


 「シー!紫乃さん声でかい!」

 私の大声に奈月ちゃんが思わず私の口を塞いだ。


 「ご、ごめん…でも、そんなわけないじゃない」


 「本当ですか?でも、あの神崎さんが指名って…」


 「指名がそんなに珍しい?」

 

 「いや、あの神崎さんが指名なんて今までないですよ!」


 「え、そうなの?」

 (てっきり見ず知らずの会話もしたことない私を指名したから、誰でもしてるのかと思った…)

 

 「そうですよ!あの蘭さんも…指名取れたことないんですからっ」

  奈月ちゃんは私の耳元でささやくように教えてくれた。


 (だから、あのときあそこにいた人たちの視線が痛かったのね…)


 「気まぐれじゃない?」


 「いやあ違いますよ!あれは絶対紫乃さん狙ってるね!」


 「そーんなわけないじゃない」


 (あの絶世のイケメンがそこらへんのパンピーを狙うわけwww第一私今日会ったばかりなんですけど)


 「紫乃さん知らないかもですけど、神崎さんってここのVIPルーム常連なのに女の子付けさせたことないんですよ!鬱陶しいからとか何とか言って、いつも1人で静かに隅にいるんですよ」


 「え、そもそも女の子付かないシステムってこういう夜のお店でありなの?!」


 「さあ、お金払ってればお店は何でもいいんじゃないですか?」


 「じゃあどうしてここに来るのよ!」


 「接待?らしいです。紫乃さんが最初に着いてた席で翔って呼ばれてる人いませんでした?その人が役員かつ社長補佐で神崎さんの代わりにいつも場を回してるんですよ」


 「社長なのに接待せずにその立ち振る舞いってやばくない?それでよく相手様怒らないね」

 (部下に接待させるってどんな横暴な社長なんだか…)


 「まあ、今日は仲の良い人同士の集まりだったらしいですけど、普段でもそれが許されてるのはきっとみんな神崎さんと取引したいからですよ。だから相手からすれば神崎さんはいてくれるだけでいい存在なんじゃないですか?」


 「そんなすごい人なんだね」


 「え!そうですよ?柴乃さん知らないんですか?!神崎さんってめっちゃ有名ですよ!」


 (え、有名人なの?!)


 私の全く知らないという様子に奈月ちゃんは携帯を取り出す。


 「ほら、この人ですよ!」


 そこには、「ビジュは芸能人越え?!今をときめく若手イケメン社長」という大々的な見出しとともに経済誌の表紙を飾る神崎宏人がいた。


 「え!超すごい人じゃん!」

 (通りで聞き覚えのある名前だと思った…)


 こんな私でも一応経営者。ビジネス誌は日常的にチェックしている。

 きっとその中で目にしたことがある名前だったのだろう。


 「そうですよ!だから言ったじゃないですか!最近だと令和の寅にも出てたんですからね!」


 (私すごい人と会ったんだ…)


 「だから、もし何か進展あれば1番に私に教えてくださいね♡」

 と奈月ちゃんは耳打ちした。


 「な、何もないわよ!そんなこと起きません」


 「またまた~。あ、てかあそこにYOUTUBERのカズヤもいたんですよ!♡ー-え~知らないんですかあ??ー-」


 話はどんどん逸れ、それ以降宏人さんの話が奈月ちゃんから出ることはなかった。

 奈月ちゃん曰く、VIPルームには数名の有名人もいたようで、神崎さんの経営している複数の会社うちでの集まりだったらしい。

 

 着替えも終わり、エレベーターに乗ろうとしたそのとき

 ブーブーブーと携帯が鳴った。


 そこには、Hirotoという文字が表示されていた。

 

 (え、え、なに?分かれたのはたったの15分前ほどなのに、宏人さんの素性を奈月ちゃんから聞いたから余計緊張するうう)


 「乗らないの?」

 エレベーターに乗ったお店の女の子たちは私が乗り入るのを待っている。


 「あ、すいません。ちょっと電話が来てしまって…先にどうぞ」

 そう伝えると、エレベーターの扉が閉まっていった。


 ピッ

 

 「はい…もしもし」

 緊張気味に電話を取る。

(忘れ物とか?何かあったのかな?)


 「もしもし、柴乃ちゃんお疲れ様。もう仕事終わったか?」


 「さっきはありがとうございました!はい!今終わってこれから帰宅です」


 「そう、よかった。ってことはこの後なにもないってことだよな?急で悪いんだけど、アフター行かないか?」

 

 ※アフター:営業後にお客さんと飲みや食べに行くこと


 (アフター?!今から会うってことだよね?!え、緊張しかしないんですけどおお)


 「ダメだったか?」


 「ダメじゃないです!大丈夫です!」


 「フッそっかよかった。じゃあ、お店の建物の1階で待ってる」


 「はい。じゃあ後で」


 (やばいやばい。またあのイケメンと話すのかあ。私今日の私服変じゃないかな?あ~もっと可愛いやつ着てけばよかった~)


 手鏡を持ち、ファンデを付けなおし、リップを塗りなおす。

 (皮脂崩れなし!ヨレなし!シャドウよし!今自分のできる最低限のことはしておこう)


 神崎宏人という人に少しでも釣り合うように…

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