第二話:怜琳

「———でね〜!姐ちゃんってば面白くて.........」

「あ、あぁ………。」


彼女は怜琳れいりんと言うらしく、花街の娼館に雑用係として住んでいる少女らしかった。

とてもお喋りな性格で、気に入られてしまったのか、俺は永遠に怜琳の話を聞かされている。


ずっと聞いているのは、結構大変だ。

———まぁ、久しぶりに人と話せて楽しいからいいけど。




「あぁ〜、楽しかった!」

「.........。」

そんなこんなで話していると、終わるころには大分時間が経っていた。


楽しかったは楽しかったが、初対面のはずがとても多くの話を聞かされて、とても疲れた。



———そういえば、この少女は、俺に気に入られると殺されてしまうという事を知らないのだろうか。

......だったら、早く追い返した方がいいのかもしれない。


———また、俺の犠牲者が出る前に。


「もう、帰れ。」

長いことここに滞在させてしまったが、今からでもいい。

アイツらや他の大人に見つかる前に、すぐに帰らせるべき。そう思った。


「え、何で?」

きょとんとした声を出す少女は、本当に俺の事を知らないような表情をした。


「早くしろ。」

あまり声を出さないようにしていたせいなのか、喉が痛くなって咳込んでしまう。

お願いだから早く帰ってくれ。これ以上何か起きる前に......


「.........わかったよ。」

彼女は少しばかりしゅんとして言った。

椅子代わりにしていた木箱から立ち上がって、地下牢の扉を開けようとする。


「あ!そうだ!良いものあったんだ!」

そう言いながら、外へ出る直前でいきなり方向を切り替えてこちらの方へ向かって来る。


「.........は?」

彼女が渡して来た物。それは、ピンク色の綺麗な布で出来た、お守り袋の様なものだった。

「可愛いでしょ?貴方にあげる!」

でも、こんなもの持っていたらアイツらになんて言われるか.....


「.........それは受け取れない。お前が持って帰ってくれ。」

俺は断った。彼女はぷくっと頬を膨らませて、ダメと言った。


「それはね、幸せのお守りなの!持ってなかったら幸せ逃しちゃうよ!」

怜琳は、ピンクのお守りを俺の手にギュッと押し付けた。

やめろ。いらない。早く帰れ。


「ね?良いでしょう!?」

彼女は笑顔でそんなことを言った。


早く帰って欲しいのに......

どうしたらコイツは帰ってくれるんだ......?


———そうだ、こうすれば。



「無理なもんは無理だ。持って帰れ。」

俺は、それをわざと投げ捨てた。

.........そうすれば、嫌われると思ったから。


嫌われれば、皆が俺のそばからいなくなれば...........

誰も、傷つかなくて済む。


「え、何で......」

びっくりした顔で訊く彼女に、俺は精いっぱいの悪役を演じて返答した。


「......何でもかんでもお前の都合でうまくいくと思うなよ。」

騙すのは心苦しかったが、彼女の為だ。

俺なんかに時間を割いてもらうわけにはいかない。



「.........なんでよっ!!せっかく作ったのに!」

作戦通り、怜琳はぽろぽろと涙を流しながら、お守りを拾って外へ出て行った。


「———じゃあね!もう二度と来ないから!!!」


地下牢の中は、一気に静かになった。


......良かった。これで、これで良かったんだ。



そう自分に言い聞かせながら、俺は情けで置かれた藁の布団で眠りにつく。

深い深い、底の無い闇の様な眠りに。

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鳥籠の中の死神 ツバキ丸 @tubaki0603

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