霊の見せた幻

シオン

霊の見せた幻

 昔仲の良かった女の子がいた。

 その女の子は少し変な子だった。皆が外で遊ぶ中小学校の教室で一人本を読むような子供だった。今にして思えばそれは珍しくもなんともないけど、子供の僕にはそれが新鮮に映った。

 僕は家が近くだったこともあり、一緒に登下校することが多かった。彼女は学校に行きたくなかったらしいので、僕はそれを無理矢理連れて行く役目を担っていた。


 しかし僕らが中学に上がった頃から彼女は僕から距離を置くようになり、そして中学校の屋上から飛び降りて自殺してしまった。

 何故彼女は自殺したのか知る由もなかった。ちょうど、僕はその頃の夢を見ていた。



「……はっ」


 飛び起きるように目を覚ます。何か懐かしい夢を見ていた。まさか十年以上経ってから彼女の夢を見るとは思わなかった。


「目が覚めたかい?」


 不意に声をかけられて声の主を見た。セーラー服を着た女の子だった。


「意識ははっきりしているかい?」


 何故ここにセーラー服の女の子がいるのか疑問に思ったが、よく見ればここは僕の自室ではなく病院の一室で、僕はベッドで寝ていた。

 周囲を見渡すと同室の人達が安らかな表情で皆眠っていた。


「あの、今何が起きているんですか?」


「それを説明するには実際に見た方が早い。外で出よう」


 セーラー服の女の子が病室を出たので僕もそれに続く。外で出るまでひっきりなしに眠った人達が運ばれていった。

 外へ出て僕は驚いた。夜空に青白い玉みたいなのがうようよ彷徨っていた。それも十や二十ではなかった。


「あれは幽霊。今日は数十年に一度の霊が蘇る日だ。といってもあいつらに影響された奴らが気力を吸い取られて一時的に眠ってしまうだけで、朝になれば全部元通りのただのお祭りだ」


「はあ」


 僕は曖昧に頷く。何故この娘はそのことを知っているんだろう。


「君、どうせ暇だろう。私に付き合え」


「え、なんで」


「私は君に興味がある。何か話せ」


「じゃあさっき見た夢の話でもするよ」


 僕はこれから良く知りもしない娘に夢の話をすることにした。懐かしい昔の話だ。



 彼女とは物心ついた頃から一緒にいた。家が隣なこともあってよく一緒に遊んでいた。

 しかし彼女は僕に興味がないので家に遊びに来てもロクに相手をしてくれず、本ばかり読んでいた。難しい本だったが、今にして思えばそれはオカルト系の本だったと思う。

 僕もやることがなかったので隣でゲームをすることが多かった。彼女も特に邪険にしなかったのでそうやって二人で過ごすことが多かった。


 彼女はある日話してくれた。


「知っているか?幽霊ってのは夢や幻を見せる。そうやって人間から精気を吸い取ろうとする」


「怖いね」


「あぁ、特に幻を見せる輩が怖い。幻を見せて危険な場所へ誘導させようとする。そして殺してその魂を喰おうとする」


 僕は彼女の話が怖くて途中から耳を塞いでいた。すると彼女は僕を蹴って「私の話を聞けー!」と怒ったものだ。


 そんな彼女とも中学に上がる頃には疎遠になりつつあった。理由は彼女の両親が事故で亡くなったことがきっかけだった。それから彼女は慢性的な寝不足になり、よく学校も休んだ。

 僕はその頃どうにか学校へ行かせようと彼女の家に通い、どうにか一緒に登校しようとした。大体嫌がられたけど。


「ついてこないで!」


「フラフラしてて危ないよ!」


 その日も彼女は寝不足だった。どうにか家から連れ出せたけど、不機嫌から僕から距離を置こうとする。


「屋上で寝るからいい」


「いつも眠そうで思い悩んでいて放っておけないよ」


「君はお節介だな。私は君のそういうところが嫌いだった」


 それが彼女との最後の会話だった。彼女はその日屋上から飛び降りて死んでしまった。



「ふーん。じゃあ君は今でもそのことを気に病んでいるんだ」


 夢の話をしていたらセーラー服の女の子はどこか上機嫌だった。この話のどこに面白い要素があったのだろう。


「気に病んでるっほどじゃないけど、どうして死んだのか未だに気になっている」


「じゃあ良かったね。今その理由がわかるよ」


「え?」


 セーラー服の女の子は上へ指を指した。その先は病院の屋上だった。屋上には柵があるが、一人の人間がそこから柵の外に出ようとしていた。


「危ない!」


「危ないのは君だ」


 前へ出ようとする僕を手で制してセーラー服の女の子は指を真上に立ててビームみたいなものを出した。それが何かに命中した。

 すると飛び降りようとしていた人は正気に戻ったのか慌てて柵の中へ戻った。


「これは一体……?」


「今幽霊の一人があの人に幻を見せたんだ。あの人はその幻を追いかけて知らず知らずのうちに飛び降りようとしていた。つまりだ」


 セーラー服の女の子は一呼吸置いた。


「君の彼女もその日幽霊に幻を見せられて落ちたんじゃないかな?寝不足で判断力も落ちていたわけだし」


「え……」


 僕は急に新事実を告げられて言葉がでなかった。それが本当なら彼女は自殺したわけではなかった。しかし。


「何故君にそれがわかる?何の関係もない君が」


 するとセーラー服の女の子は不敵に笑う。


「関係大アリだよ。だって本人だもの」


「……は?」


「今まで気付かなかったのか?私だ」


 セーラー服の彼女は両手を広げてアピールした。その顔は「ほら?私だ。感動のあまり抱きついてもいいんだぞ?」みたいな顔だが、そんなこと生前は全くしなかったじゃないか。


「もしかして君は僕の幼馴染で、今はその身体を借りて蘇ってる……ってこと?」


「それ以外に何がある?ただのミステリアスなセーラー服の女の子が君に興味を持つと思ったか。愚か者め」


 彼女は再び両手を広げて抱きついてほしいらしかった。しかし公衆の面前でセーラー服の格好をした女の子と抱き合うのさどうかと思うが。


「時間がない。良いから抱け」


「あ、あぁ」


 僕はおそるおそる彼女の腰に手を回す。すると彼女は力強く抱きしめ返した。


「あの時は悪かったな。あの会話を最後にしたかった訳じゃない。しかし、当時の私の状況的に仕方なかったのだ」


「うん、わかってるよ」


「私は君のことを好いていた。私には、君しか近しい人はいなかったからな」


 彼女は離れると手を振った。どうやら本当のお別れらしい。


「だから君が死んだ後でまたやり直したい。と言ってもすぐ死ぬのは駄目だ。懸命に生きて、それから会いに来い」


「わかってるよ」


「うむ、ではさらばだ」


 彼女はそれから気を失って倒れた。セーラー服の女の子が地面に接触するまえになんとか支えた。


「良い夢を見させてもらったよ」


 僕はセーラー服の女の子を抱えて病院の中へ入った。ここは病院だから、ベッドはいくらでもあるだろう。



おわり

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