人生2度目のエンドロール

@kararino_5320

第1話 鈴鳴らしのシュルカ

ようこそ。死後の世界へ。

あなたは人生を終えた美しい人で在らせられますね?

この度はお疲れ様でした。

あなたは今、意識だけが起きている状況です。

もっと簡単に言うと、魂だけが取り残されている。と言うことです。

肉体はとっくの前に火葬されました。

嗚呼、悲しむのはおやめください。

もっと生きたかったですか?

もっと生に縋りたかったですか?

それとも、もっと早くにお亡くなりになりたかったですか?

まぁ。全ては神の思し召し。ですけどね。

あ、怪しい宗教団体ではありません。勧誘でもありません。

ただの、暇つぶし。です。死んだ人は皆ここに来ます。

あなたもお選びください。

この国、「ニホン」で第二の人生を歩んでみませんか?

もちろん無償でとはいきません。

お代は、あなたの「     」です。

いかがいたしましょう?




























私には声がない。

この死者の国、「ニホン」に来てから。だって代償にしたのだから。

でも声がなくとも生きていられる。

意思疎通がとりやすいように色々工夫して暮らしている。

この国の人たちはどこかが欠落している。声や、記憶、五体満足ではない人も。

しかしそれが当たり前だ、この国に来る条件なのだから。

ここに来てから私には特別な役職をもらっている。監督官だ。

監督官とは増え過ぎたこの国の魂を輪廻の船へと送る仕事。

輪廻の船に乗ると新たな命として生まれ変わる。もちろん記憶も消える。

でも、記憶が消えることを怖がったり輪廻の船に乗せれるくらい魂が元気じゃない人は船に乗れず怨霊のように黒く染まってしまう。

それを防ぐためにこの国がある。

それを正しく導くために私がいる。

「シュルカ。ロベルト様から電話がありました。今から空虚クウキョに来てほしい。仕事の依頼だそうです」

私の生活を支えるアンドロイドのコトモがやって来た。

コトモの胸元にタッチパネルがあり、了解ボタンを押す。

「切符をお持ちしますのでここでお待ちください」

ありがとう。気か乗らないけど、行ってきます。

「行ってらっしゃい。気をつけて」




列車に乗って20分。洋風の門をくぐり、庭の中にあるベンチにロベルト様は座っていた。

毎回思うが、どの角度からでも様になる。美しい人だ。思わず見惚れてしまう。

「いらっしゃい、シュルカ。よくきたね」

“ロベルト様。今日は何の本を読んでいるんです?“

「これかい?サバイバルゲームの攻略本」

“面白いんですか?“

「面白いけどほとんど知ってる知識ばかりだったよ。それよりも、間引きの件だったね」

ブロンド色の髪をひとつ結びにしてこちらを見た。

「今回はヒイラギという男性をお願いしたい。

彼は陽の光を浴びることを代償としているから家にずっといるはずだよ。

家の場所は草陸ソウリクにあるよ。あとはそこの人に聞いてみてね。あとこれ、彼の生前目録」

生前目録とはその人の人生が年表のようにざっくりと書いてある物。

“わかりました。仮に輪廻に応じない場合は?“

「彼はそんなに未練は無いから応じないことはありえないんだけど、もし応じない場合は理由を聞いて尽力してね。

じゃあそろそろサーシャリアを起こさなきゃだから行くね」

“お忙しい中、ありがとうございます。“

「シュルカは本当にいい子だね。期待しているよ」

そう言い残して、ロベルト様はどこかへ歩いて行った。

ふと目録に目を戻す。パラパラと読んでみた。

感想を言うならば、選択をしたんだなぁ。以上。

ここから草陸までは1時間ほどかかるため今から向かおう。

草陸という地方は一言で表すと田舎である。

生前、生きるのに疲れた自殺者や社畜だった人たちが多く暮らしている。

心を沈めるために。生まれ変わっても自殺しないように。

ニホンは六つの地方?地域?に分かれている。

草陸、忘我ボウガ大鬼市ダイトシ仮想カソウ暴牛狼ボウギュウロウ。そしてこの国の創設者ロベルト様とサーシャリア様が住まう空居。

それぞれ特徴があり、住める人も決まっている。しかし

見つかればだ。






暖かい日差しと木々の香りが懐かしい。

近くに農作業をしている男性がいたのでポケットに入れている鈴を鳴らした。

チリリン

「はい?どうかなさいましたか?」

メモ帳に書いて青年に見せる。

“この近くにヒイラギという青年はいませんか?“

「ヒイラギ…?あ、ヒイ兄さんのことか。ヒイ兄さんはこの道をまっすぐ行って山陰に入ると左側に小道に入って行くとヒイ兄さんの家ですよ」

“ありがとうございます。“

「あの…もしかして、シュルカ監督官ですか?声無しの…」

“はい、そうです“

「そうですか、ヒイ兄さんもついに…お仕事お疲れ様です」

男性の少し悲しそうな顔は同情の色が見えた。

そんな男性に私は一礼をし、ヒイラギの家へと向かう。

この男性も、生前は社畜のように働いていたのだろう。

なのに死んでからも農作業をして働くなんて、よっぽど好きなのだろうね。

それとも動いてないと落ち着かない病気かもしれない。

男性に言われた通りに進むと、山小屋が見えてきた。

扉を叩くと、数秒後に返事が返ってきた。

「すみません。僕は陽の光が代償になっていて、扉を開けにいけません。扉を開けていただけますか」

ヒイラギの家に間違いないようだ。

“こんにちは。シュルカと申します“

「シュルカ…あ、冷酷なシュルカ監督官ですか。ということは、輪廻の順番がまわってきたのですね。ようやく、、」

“今から、輪廻の船に乗ってもらうのですが、準備までどのくらい時間必要ですか”

「今からなんて唐突ですね。3日。時間をください」

3日も?ロベルト様はそんな未練がましい人ではないと言っていたのに。

“何か心残りがあるのですか”

「もちろんありますよ。いろんな人にお世話になりましたから。僕は夜中にならないと行動できないので、3日必要なのです。逃げたりしませんけど、こういう時って見張るのが

習わしでしたっけ?」

“はい。邪魔でなければ”

「あいにくここには客間はありませんし、食料も少ないです。豪華にもてなすことができませんがそれでも良いなら、、」

“構いません。ヒイラギさんを船に乗せれたらそれで良いのですから”

「では、少しの間だけ、よろしくお願いします」

こうして3日間。ヒイラギとの生活が始まった。


ヒイラギは暗い家の中を慌ただしく歩き回る。よくぶつかったりせずに動けるものだ。

陽の光が代償なため、電球やロウソクが家の中に置いてあるが、それでも薄暗い。

「慣れませんか。この暗さ」

“いいえ。むしろこの文が見えているかが不安です。読めないと話せないので”

「声が代償も不便ですよね。この草陸ソウリクにも声が代償の人はいますが、とても苦しそうに話していました。喜怒哀楽が周りより、遅れてしまいますから」

確かに、この文も見てもらわないと話が進まないので、相手の動きを止めてしまう申し訳なさもある。でも

“でも、ここに来て楽ですよ。声を出さなくていいので”

「生前に何かありましたか…?」

会って間もない人に過去話をするほど私は気さくではない。

“あなたに話す必要はありません。私のことは気にせず用意をしてください”

「噂どうりの人ですね」

苦笑いしながらヒイラギは奥の部屋へ引っ込んでいった。

ヒイラギはある程度荷物を片付けると、手紙を書き出した。

“誰に書いているんですか”

気になってしまい鈴を鳴らして彼の動きを止めてしまった。

「この近くに住む人たちにです。私はここら一体の畑の夜の見張りをしていたのです。なのでいなくなることをこうして書いて送ろうかと」

“なるほど。草陸は唯一人以外もいますからね。”

ここまで紙に書いてふと気がついたことがある。

“ヒイラギさんはいつ寝ているのですか?”

「日中に寝ていますよ。でも訪問者がいるので仮眠程度ですが」

そんなに少ない睡眠時間で大丈夫なのだろうか。

「そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫ですよ。元々睡眠時間が少なくても動ける体質なので」

そんな体質聞いたことがない。

「まぁ正確には仕事のし過ぎで多少寝なくても仕事ができるようになっただけですよ。生前医者でしたので急患や看護師からの電話にもすぐ対応できるようにしていましたから」

ならここに住んでいるのにも合点がいく。

“生前、医者だったのですね”

「しがない町医者のようなものですが…それでも楽しかったですよ。ある程度は」

軽く苦笑いをしながらまた手紙の続きに視線を戻すヒイラギ。

いつの間にか夜になっていたらしく、眠気を催してきた。

「あの、眠たくなってきたのですか?ちょっと待っていてください。掛け布団持ってきますから」

そう言って布団一式を持ってきてくれた。

“ありがとうございます”

「僕はこの手紙をみんなに配ってきます。逃げたりはしませんので寝ていてください」

私はここで意識を失った。ただ、彼の手はとても細かったのは覚えている。







3日後の夜、私とヒイラギは列車に乗っていた。

輪廻の船へと向かうために。

ヒイラギはとても優しい青年で、ニホンで暮らしていたのが不思議でならなかった。

“ここにいる者はもっと仕事に執着している人が多いと思っていました”

「半分合っていますよ。ここでも農作業に取り憑かれたように働く人もいますが他に、仕事に飽きた人もいます」

“飽きた人は働かずに暮らすのですか?”

「ええ、飽きた人の多くは自殺した人です。心自体が壊れた人は働く以前の問題ですから。働きたければ動く。何もしたくなければ何もしない。このニホンで滅多とない自由ですよ」

“自由さで言えば忘我も一緒では?”

「あれは与えられた自由でしょ?草陸は自ら選ぶ自由です」

“私にはよくわかりません。全て一緒に思えます”

「シュルカ監督官にはきっと難しいですかね」

草陸は、過労死した人や仕事に追われて死んでしまった人たちが住まう場所。

疲れてしまった心を癒すために造った自然に溢れた地方なのかもしれない。

「お待たせいたしました。次は輪廻港リンネコウ。お忘れ物のないようにお降りください。また、この駅は切符とは別に付き添い人がいないと駅に降りることも許されません。もし、間違って降りてしまうと過去に戻されてしまうのでお気をつけください」

アナウンスが流れると共にヒイラギの顔はこわばっているように見える。

チリリン

「シュルカ監督官、どうかしましたか?」

列車が止まると同時にヒイラギを引っ張る。

この駅にあなたは降りても大丈夫だと証明するように。

“大丈夫です。私がいますから”

「そうですね」

この港はいつ見ても息を呑んでしまう。

屋形船のように灯籠がたくさん付いており、波のリズムに合わせて灯籠が揺れる。

「綺麗だ…」

ヒイラギもつい感嘆の声が漏れている。

私もきっと声が出るのなら、同じように美しいと言っていたのかな。

仮面をつけた受付の人にヒイラギに関する書類を渡す。

「ヒイラギさんでお間違いないですか?」

「はい、間違いないです」

「いくつか確認させてもらっても?」

「構いません」

諸々の質疑応答を終えると薬と水が渡された。睡眠薬である。

船に乗る前に飲み、輪廻の船に乗るのだ。

意識があるままだと上手く輪廻に乗れないらしい。ロベルト様が言っていた。

「シュルカ監督官」

“はい、何でしょう”

「ここまで私のお喋りに付き合ってくださり、ありがとうございました」

…そうだよね。やっぱり。

無意識に他者を優先させてしまうその性格は生前が医者だと証明しているようにも思える。

自分の体調管理も大切だが、それ以前に急に休むことの許されない医療関係者はより、しんどかっただろう。

どうりでなんてあっけない終わりかたをしたものだ。

私が言えたことじゃないが。

“この度はお疲れ様でございました”

深く、深く一礼し出航を見届けた。

灯籠が少しずつ小さくなっていくと、港が暗くなってきた。

その空は星々が輝いており、彼の出航を見守っていた。


これが私の、ニホンでの日常である。



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