第6話 中学三年生・小学五年生
中学三年生
小石くんがいなくなった事が、まだ信じられなかった。部屋にノックが響き、ぼくは被っていた布団を少し持ち上げる。
「朝ごはん、できたわよ」
母親だ。小石くんがいなくなった、という異常事態が起きたのにも関わらず、日常が何も変わっていない違和感に脳が混乱して、はきけがする。皮膚が捲られ、伸びた爪でひっかかれるような、じわじわと広がる痛みを感じた。
「あとちょっとでお葬式だけど」
「それは、ぼくも、いくよ」
「なら支度しなさい」
のろのろと起き上がり、用意していた服に着替える。服の黒い色を見て、さらに嫌な気分になった。
「おい加藤、ここだけの話だがな」
葬儀も終わりに差し掛かった頃、真妻が話しかけてきた。
「何?」
とは言ったが、実際には弁護士の父親から聞いた話だろうとは予想がついていた。ただそれ以上言葉を発する元気は無い。
「小石、交通事故で死んだだろ。小石を引いたやつ、あの勇気らしい」
「は?」
「父ちゃんが言ってたんだ。『勇気ってやつがやったんだ』って」
言い方に品がないうえに、そんなことを弁護士が漏らしてもいいものなのか、とうんざりする。なにより、もう何を聞いても、何を考えても嫌になってしまう自分に一番うんざりした。
小石くんとの楽しかった日々に想いを馳せる。目から何かがこぼれ落ちてきた。もう乾き切っていたものだと思っていたから、少し驚いた。確かあれは、小学五年生の頃だったか。
小学五年生
最近、小石くんの様子が変だ。何かを隠している、ぼくはそう睨んだ。小石くんに問いただしても、
「何も隠してないし、隠し事があったとしても隠さねえよ」
と答えが返ってくるだけだった。隠すからこその隠し事だろうに。小石くんをよく観察していると、小石くんは授業中に、授業に全く関係のない何かを書いていることが分かった。そこで、ぼくはごく単純な作戦を思いついた。
「じゃあ、兄ちゃんが誕生日だから、俺は先に帰るぞ」
そう言って小石くんが帰ったあとで、ぼくは小石くんの机を覗いた。中には、赤いノートがある。表紙には大きく、計画書と書いてあった。頭の半分で罪悪感を感じながら、ぼくはノートを開く。一ページ目に活発な筆跡で、「この街花園化計画!」と書いてある。それ以降のページには、様々な花の種類やその育て方などが詳細に書き込んであった。
突然、教室の入り口の方で音がして、体が浮き上がるような感覚を覚えた。担任の教師が扉を開けたのだ。この人はいつも肝心なところで入ってくるな、と考えていたら、開いた口の中に水のようなものが垂れた。大きな音にびっくりしたのと、罪悪感に押しつぶされたのが、ぼくの心には耐えられなかったのだろうか。ぼくとぼくがだんだんと離れていくように、ぼくは涙を流し続けた。
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