海岸沿いで姉弟有事
あんかけ
第1話
高一の夏休み、俺は一つ上の姉に連れられて海に出かけた。
その日は特に予定もなかったから姉の提案には二つ返事で了承したし、父さんも母さんも「いってらっしゃい」と快く送り出してくれた。
姉が行きたいと言った砂浜に着くまで何故か彼女は無言だった。
いつもだったらもっと喋りかけてくるのに。そもそも昼過ぎに唐突に海に行きたいなんてどうかしてると思う。
ガタンゴトンと古いフレームを鳴らしながら海岸線を走る電車は目的地に近づいていく。
二人の間には言葉はなかったが俺はそこまで気にならなかった。
では姉はどうなのかと思って盗み見ると、彼女は白いスカートの裾をギュッと握り締めていた。
折角の綺麗な服に皺が付いてしまわないか心配だったが、それ以上に俺には姉が死刑執行を待っている罪人の様に見えてしまった。
一度そう思うと姉が着ている新品の白いスカートが死装束に見えて仕方なかった。
古びた無人駅で降りると姉は胸に抱えていたサテンのつば広帽子を被り、ここで初めて口を開いた。
「手、繋ごっか」
姉と手を繋ぐのなんていつ以来だろうか。正直に言えば気恥ずかしかった。
ただでさえ姉は美人なのだ、それに自分は今まで碌に異性と関わってこなかったし。
けれどもこの誘いは断れなかった。
もし断ったらもう二度と姉には会えないような気がしたからだ。
しばし無言が続く。
砂浜に降りれる階段に着いた時にようやく姉は俺の手を離してくれた。
彼女は下につくなりサンダルを脱ぎ捨てて海へ入って行く。
俺も慌てて靴を脱いで彼女の後を追って行く。彼女は振り返らない。ずんずんと海の縁に沿って進んでいく。
そんな折、少し強い風が吹き俺は思わず体勢を崩しそうになる。そして、俺の前を行く彼女も。
振り返った彼女は風の勢いに任せて俺を突き飛ばした。ズボンに海水が染みて体重が増す。立ちあがろうとすると、夕焼けに照らされた彼女の口元に目がいった。
キュッと一文字に結ばれたそれは何を紡ぐのか。気になって思わず立ち上がるの忘れてしまう。
しかし、見続けるのも悪いと思い足元に目をやる。
ほっそりとした陶器の肌に吸い寄せられた小々波がぶつかりガラス片となって飾っていく。飛び散った波を吸って灰色に染まったスカートの裾が凱風に吹かれてうねる。
俺の背筋にじんわりと、嫌な汗が滲み出る。
再び顔を上げれば、俺と同じ黒髪がサァッと彼女の背景を彩った。姉は帽子のつばを引き、俯いていた。そうして、ようやく彼女は固い口を開いた。
「あなたのことが、好きです。」
「付き合って下さい。」
たった二つの文。それだけで俺の心臓をかき乱すには充分だった。そして、その答えはずっと前から決めていた。
◇◇◇
目は口ほどに物を言う、とは言うが正にその通りだと思う。
なぜなら私は今、人生で一番の大勝負に出ようとしているから。
羞恥と緊張がないまぜになった不快感が心に重くのしかかり、思わず涙が溢れそうになる。
それでも、この一瞬だけはみっともない姿を見せたくなかった。
姉としても恋する乙女としても。
彼と私の視線が混じりそうになって、思わず被っていた帽子を深く被り直す。
彼の視線を、私の弱みを、遮って、隠す。
そして私は"愛"を伝える。
「あなたのことが、好きです。」
「付き合って下さい。」
彼は一瞬目を大きくして即座に応えた。
「お、俺も好きだったから、その。」
「よろしく、お願い、します。」
そう言った彼の顔は夕日に当てられて赤く染まっていたが、オニキスの瞳に映った私の顔は、もっと真っ赤だった。
良かった。
そう思うと膝の力が抜けていって彼の上にのしかかってしまった。
そこでまた、視線が絡み合う。
さっきよりも、もっと近くで。
ゴクリと、喉仏が下がった。夏の暑さのせいか、体が乾く。少しでも潤したい。足には海水が被さり、服を濡らしていく。
なら口は?
そう思った時には互いの唇が触れ合っていた。一度触れれば、後はタカが外れた様にお互いの唾液を交換しあった。それぞれの舌が相手の口の中で水を求めて蠢く。歯列を歯茎を口蓋をなぞり、歯の一つ一つを丁寧に嬲る。夢中になって、何度も何度も押し付け合う。
そうするうちに太陽は沈み、私たちは帰りの電車を待っていた。互いに手を握り、夜風に吹かれながら肩を並べる。
「なあ、これからどうしようか?姉ちゃん」
「どうしよっかね?でもバレたらマズいから秘密にしないとダメだよ?」
◇◇◇
「どうしよっかね?でもバレたらマズいから秘密にしないとダメだよ?」
そう言った彼女の顔には小さな笑みが浮かんでいた。
それを見て俺は、残っている夏休みの日数を思い浮かべて、やっぱり秘密にするのは難しいかもしれない、と思ってしまった。
海岸沿いで姉弟有事 あんかけ @ankake_katayaki
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