つながる点と点 5
パーティーを中座し、ヴィオレーヌはルーファスと国王夫妻、宰相とともに控室へ向かった。
控室に入ると、そこには軍部大臣であるメイプル侯爵の姿もある。
ジョージーナが扉の前に立ち、カルヴィンがルーファスの後ろに立った。
「それで、マグドネル国が攻めて来たとはどういうことだ」
「え⁉」
ヴィオレーヌはひゅっと息を呑んだ。
はじかれた様にルーファスを見るが、彼もまだ詳しい情報を持っていないのだろう、じっと宰相と、それからメイプル侯爵を見つめている。
「まだ詳細については連絡が来ておりません。ただ、ダンスタブル辺境伯領にマグドネル国軍が攻め入って来たと鷹文で連絡が入りました。至急応援を向かわせたく存じます」
「もちろんだ、周辺領地にも連絡し、協力させろ」
「御意」
国王が許可を出し、メイプル侯爵が指示を出すために急ぎ部屋を飛び出して行く。
「マグドネル国王と王太子は魔術契約で縛られているはずです。ということは、国王と王太子以外の何者かが指示を出していると言うことでしょうか。ですが、マグドネル国軍と言うことは……」
「それについてもまだ不明瞭だ。……が、魔術契約に基づき、こちらにある契約書は破棄させてもらう」
国王が固い声で言った。
ルウェルハスト国に保管されている魔術契約書を破棄すれば、マグドネル国王と王太子はその命を失うことになる。
国王と王太子が関与しているのかどうかはわからないが、マグドネル国軍が攻めてきたのだ、ルウェルハスト国を侵略しないという約束に基づき、契約書を破棄するのが妥当である。
魔術契約書を破棄し、マグドネル国王と王太子が死亡してマグドネル国の侵略が止まるのならばよし、止まらないのならば、今度は完全にマグドネル国を亡ぼすまで止まらないだろう。
その場合、モルディア国がどうなるかわかったものではない。
さーっと血の気が引いて、ヴィオレーヌは自分の腕を抱きしめた。
最悪の事態を想定して、体が小刻みに震えはじめる。
(どうすればいい? どうするのが最善かしら? ……どうしたら、モルディア国が巻き込まれないですむ?)
マグドネル国とモルディア国は、依然として同盟関係にある。ヴィオレーヌがマグドネル国王の養女として取られたため、同盟は破棄せずにそのままにされているのだ。
マグドネル国からモルディア国に応援要請が入れば、突っぱねられない。
「ヴィオレーヌ、落ち着け」
ルーファスがヴィオレーヌの肩を引き寄せて、ぽんぽんと優しく叩いてくれる。
だが、落ち着けない。
落ち着けるはずがないのだ。
ヴィオレーヌは自分の手を見つめ、そしてぎゅっと握りしめた。
「……わたしが出ます」
「ヴィオレーヌ、待て。何を言い出すんだ」
「わたしが行きます。わたしが、魔術でマグドネル国軍を蹴散らします。そうすれば、それほど被害もなく……」
「落ち着け!」
「落ち着けません!」
たまらず、ヴィオレーヌは叫んだ。
これでは、何のためにヴィオレーヌがルウェルハスト国に嫁いだのかわからない。
早くマグドネル国をどうにかしなくては、モルディア国が巻き込まれる。
いやだいやだと首を横に振るヴィオレーヌの頬を、ルーファスが両手で挟む。
「まずは状況確認が先だ。王太子妃が安易に前線に向かおうとするな」
「でも……!」
「お前の強さはわかっている。だが、それとこれとは話が別だ。……嫌な言い方をするなら、一番守らなくてはならないのはこの王都だ。お前が強いからこそ、王都から動かしたくない」
「――っ」
でも、それではモルディア国はどうなる?
ダンスタブル辺境伯領の人たちは?
残党兵の脅威が去って、せっかく復興に向かおうとしているダンスタブル辺境伯領はまた荒らされ、回復した兵士たちはまた傷つくことになる。
「お前が、モルディア国を心配しているのはわかっている。だからこそ状況確認だ。状況確認を終え、モルディア国に連絡を取る。マグドネル国からの要請があっても、軍を動かさないようにお前が説得しろ。モルディア国がマグドネル国に手を貸さなければ、こちらとしてもお前の国を滅ぼそうとは思わない」
ヴィオレーヌは、大きく深呼吸を繰り返す。
ルーファスの言葉はもっともだ。
非常事態だからこそ落ち着かなくてはならない。
冷静に、モルディア国が巻き込まれない方法を考えなくてはならない。
「……取り乱してすみません。もう大丈夫です」
まだ、マグドネル国軍はダンスタブル辺境伯領で抑えられている。ということは、大挙して押し寄せてきたのではないのかもしれない。
マグドネル国と国境でつながっているのは何もダンスタブル辺境伯領だけではないので、今のうちに防衛を固める必要もある。
マグドネル国は先の戦争で疲弊していて、兵士や騎士の数もだいぶ減っていた。それはルウェルハスト国にも言えることだが、もし、モルディア国とルウェルハスト国が協力して挟み撃ちにできれば、簡単に抑えられるかもしれない。
(モルディア国には、わたしの作ったハイポーションが残っているから……)
モルディア国の兵士は、先の戦で誰も命を落としていない。そしてかなりの数のハイポーションも保管されている。戦うことになっても、大丈夫なはずだ。
何度も深呼吸をしながら、頭の中で最善の策を考える。
その間に、ルーファスが国王と今後について話し合っていた。
兵士や騎士をどのくらいどこへ動かすのかが急ピッチで話し合われていく。カルヴィンも、第二騎士団団長として、すぐに動かせる人員の説明をしている。
兵士や騎士のために、改良版ポーションを作った方がいいかもしれない。
本当はハイポーションがいいのだが、取扱注意のハイポーションを量産して配るのは避けた方がいいだろう。
ここで呑気に座っている時間が惜しくなってきて、改良版ポーションを作るためにヴィオレーヌが立ち上がりかけたそのときだった。
席を外していたメイプル侯爵が息せき切って控室に飛び込んできて、真っ青な顔で叫んだ。
「報告します! 南で、ファーバー公爵が蜂起しました‼」
ヴィオレーヌをはじめ、控室にいたものは全員言葉を失った。
――マグドネル国の裏で糸を引いていたのは、ファーバー公爵家だったのだ。
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