聖女の出陣 1
ファーバー公爵家が裏で糸を引いていたと考えると、すべてに理由がつけられる気がした。
ダンスタブル辺境伯領にいたマグドネル国の残党兵が、大量のポーションを持っていたのも頷ける。魔術師を大勢抱え、ポーションを独占販売していたファーバー公爵家なら、彼らにポーションを融通することは可能だろう。
また、武器等の物資の供給についてもだ。
ファーバー公爵領はダンスタブル辺境伯領の南にあり、マグドネル国との国境の森の一部も有している。森の中を移動し、彼らとコンタクトを取りあうことは可能だっただろう。
(それだけじゃないかもしれないわね)
戦時中の混乱に乗じて、ポーションの製造を独占することで、ファーバー公爵家はより権力を強固にした。
それ自体が仕組まれていたことだとしたらどうだろう。
例えば、マグドネル国に戦争を起こすようにそそのかしたのが、ファーバー公爵だとしたら?
マグドネル国王とつながっていたのか、それともマグドネル国内の別の人物とつながっていたのかはわからない。
魔術契約で命を奪われることがわかっているにも関わらず再び戦争を仕掛けてきたことを考えると、ファーバー公爵がつながっていたのは国王や王太子でない可能性が高そうだ。
王都の防衛指示のため、国王とルーファスが大急ぎで控室を出て行くと、部屋に残されたヴィオレーヌは青ざめているジークリンデの隣の席に移動した。
「お義母様、顔色が……」
「大丈夫よ、ヴィオレーヌ。驚いてしまって、混乱しているだけなの。大丈夫……、大丈夫、よね?」
「大丈夫です。陛下も、殿下も、わたしもいます」
マグドネル国、ファーバー公爵家、ともにこのままにはしておけない。
(大丈夫、今のわたしは、強いもの)
戦うため、守るための力をつけた。
ここで婚家と祖国を守れずにして、何のための力だろうか。
拳を握って見せると、ジークリンデがかすかな笑みを浮かべた。
「そうね、大丈夫よね」
「ええ。パーティーはおそらく中止になります。貴族が大勢集まっているんです、この場で状況の説明もなさるかもしれません。ただ、わたしは、すぐに出陣する騎士や兵士のために改良版ポーションの作成に取り掛かりたいです。ですので……」
「わかっているわ。ここはわたくし一人で問題ないわ。護衛騎士もいるもの」
ジークリンデが許可をくれたので、ヴィオレーヌは礼を言って立ち上がる。
ジョージーナを連れて急いで王宮に戻ると、部屋にいたルーシャとアルフレヒトに情報を共有した。アルフレヒトが青ざめ、ルーファスから事情を訊きたがったので城へ向かう許可を出す。ダンスタブル辺境伯領は彼の父が治める場所だ。ルーファスの判断によるだろうが、他の騎士や兵士とともにダンスタブル辺境伯領に向かって出立してもらうことになるかもしれない。
「ルーシャ、急いでポーションを入れる瓶をありったけ持ってきてくれる? おそらく、兵士たちは明日を待たずに出立することになると思うから……」
「わかりました!」
「ジョージーナは殿下のところに行って、今後どのような動きになるのか聞いて来て」
「かしこまりました」
護衛をルーシャに任せて、ジョージーナが部屋を飛び出した。
急いで改良版ポーションを作っていると、しばらくしてジョージーナがルーファスとともに帰って来た。
王都の防衛を固めるために兵士たちを編成しつつ、王都に残っているファーバー公爵家派閥の貴族たちの身柄を拘束するように手配したらしい。
ファーバー公爵家の派閥の人間が多少なりとも情報を持っていないかどうかを確認しつつ、公爵に合流し敵に回るのを防ぐためだと言う。
ダンスタブル辺境伯領へ向けての第一陣は、三時間後に出立だそうだ。第一陣にアルフレヒトが入る予定だが問題ないかと聞かれたので、問題ないと答えておいた。
「では、作り終えた分の改良版ポーションを騎士団に届けてもらってもいいですか? あと、スチュワート様に、ポーション用の瓶の手配を頼みたいんですが。空き瓶があと少しでなくなります」
「助かる。それから、瓶についてはミランダが動いていた。かき集めて持ってくると言っているから、もうじき届くだろう」
ルーファスが護衛としてついて来ていた騎士たちに改良版ポーションを運ぶように指示を出した。
ルーシャを部屋に残し、ジョージーナも騎士たちとともに改良版ポーションを運ぶようだ。普通のポーションと効能が桁違いなので、運ぶついでに説明するらしい。
「先ほど、王都のファーバー公爵家を探らせたが、管理の使用人数名がいただけで、公爵たちはもぬけの殻だったそうだ。アラベラもいなかった。近所の人間によると、アラベラが王宮から公爵家に移った翌日に、馬車が数台公爵家から出て行くのを見たらしい。おそらくその時に領地へ移動したのだろう」
「……ファーバー公爵が領地で蜂起したのであれば、そのままダンスタブル辺境伯領を攻める可能性もありますね。マグドネル軍と挟み撃ちにし、先にダンスタブル辺境伯領を落としてから攻め入った方が効率的ではありませんか? 背後の心配がなくなります」
「あり得るな。だが、ここから兵士を向かわせても到着まで一か月半以上かかる」
ヴィオレーヌはきゅっと唇をかんだ。
いくら魔術が使えるヴィオレーヌでも、一か月半の道のりを三日にすることはできない。
(せめて、ファーバー公爵軍かマグドネル国軍のどちらかでも足止めできればいいのだけど……)
残念ながら、魔術も万能ではないのだ。
そして、魔術や剣術は学んだが、ヴィオレーヌは戦術は学んでいない。せいぜい義祖父に基礎を教えてもらったくらいだ。たいして役には立たない。
「持ちこたえられるように、急ぎ、ダンスタブル辺境伯領周辺の領地に鷹文を送ろう」
「殿下、ダンスタブル辺境伯領へ向かう兵士たちに加護を与えてもいいですか?」
「そんなことをすればお前が聖魔術を使えるとばれてしまうじゃないか」
「非常事態です。秘密も何もないでしょう?」
聖魔術が使えることを秘密にしておいて大勢が死ぬくらいなら、秘密を知られても大勢が助かる方がいい。
ルーファスは迷うように視線を揺らし、やがて、細く息を吐いた。
「すまない。……助かる」
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