つながる点と点 3

 不貞腐れた顔をしているヴィオレーヌの手を取って、腰に腕を回す。

 小柄ではないが、腰が細いせいか、力を入れると折れてしまいそうだなと思った。

 絹糸のように美しい髪が、今日は一つにまとめられているのが少し残念に思ったが、細くて白いうなじが見えるのは、これはこれでいいものだと気づく。


 最近のヴィオレーヌは、出会った頃の、鋭利な刃物のように尖った雰囲気が薄れていて、表情にも感情がよくあらわれるようになった。

 ルーファスに心を許してくれているのだと思うと、優越感にも似た高揚が胸に広がる。


 ヴィオレーヌは美しい。

 だがそれ以上に、彼女を彼女たらしめている内面が、ひどく眩しい。


 他者を圧倒する力と凛としたまなざし。

 弱者を守ろうとする優しい心。

 弱音を見せまいとする、自尊心の強さ。

 けれどもふとした瞬間に見せる、年相応の少女のような顔。


 ヴィオレーヌが何者なのかを探ろうとするたびに新しい顔が出てきて、ルーファスは常に知らなかった彼女の一面に翻弄されている。


(拗ねた顔も可愛らしいな)


 口に出せばもっと拗ねる気がしたので、声には出さない。

 アルフレヒトのような大男と決闘して簡単に負かしてしまうようなヴィオレーヌが、ダンスが不安なんて可愛らしいことを言うなんて、いったい誰が想像できるだろう。

 無自覚なのかもしれないが、アヒルのように口をとがらせて、けれども真剣な顔でダンスのステップを確認しているヴィオレーヌは、びっくりするほど愛らしい。


「ドレスで足元は隠れるんだ。俺の動きに合わせていれば無様なことにはならないと思うぞ」


 大国の王族として、恥をかかない程度にはルーファスはダンスが得意だ。

 ヴィオレーヌのステップが多少崩れたって、よろめいたりしなければ誰も気づかないだろう。

 けれども負けず嫌いの彼女は、意地になってステップを確認しているのだからおかしくなってくる。


 足元を確認するためにうつむいているヴィオレーヌのつむじがちょうど視界に入って、ルーファスはつい悪戯心を起こした。

 ちゅっとつむじに口づけると、すぐさま「きゃあ!」と反応がある。

 真っ赤になって顔を上げたヴィオレーヌは、キッとルーファスを睨んだが、顔が赤すぎて全然迫力がなかった。


「殿下! わたしは真剣にステップを確認しているんです!」

「だから、そうムキにならなくとも大丈夫だと思うと言っているだろう?」

「よろめいて笑われたらどうするんですか」

「誰も笑いはしないし、もしよろめいても俺が誤魔化してやるから心配するな」

「それはそれで、なんか嫌です」

「なんでだ」

「な、なんとなく」

(こういうところは本当に負けず嫌いだな)


 つい、くっと噴き出すとまた睨まれた。

 パーティーがはじまるまでまだ三十分以上あるし、これは、ヴィオレーヌが満足するまで付き合ってやるしかないだろう。


(ま、この体勢は役得だからな)


 ヴィオレーヌはステップの確認に忙しくて気づいていないようだが、ダンスはなかなか距離が近い。

 ヴィオレーヌから香る甘い香りと、細いながらもふわりと柔らかな感触に満足しつつ、ついでにアヒルのようにとがらせている唇も塞いでやりたいなどと考えてしまう。


(俺が毎夜我慢を強いられているなんて、こいつは想像すらしていないんだろうな)


 そろそろ紳士な対応も苦しくなってきてはいるが、ここまで来たのだ、結婚式までは我慢しようと決めていた。

 ヴィオレーヌに好きだと告げたときに、彼女の愛は求めないとは言ったけれど、嫌われたいとは思っていない。

 婚約期間も置かずに妻になったヴィオレーヌに対して、ルーファスはできるだけ誠意を見せたいと思っていた。

 本音を言えば結婚式まで待たずに名実ともに妻にしてしまいたかったが、最初を間違えると、のちのち禍根が残りそうな嫌な予感がするのだ。


(最初が肝心だからな。……まあ、最初は思い切り間違えたが)


 嫁いで来た妻の命を狙うという、最初からとんでもなく大きなミスをしているルーファスに、きっと二度目はない。


(……はあ)


 キスをしたくなるからその口をやめてくれ、とルーファスは心の中で嘆息した。






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