つながる点と点 1

 ヴィオレーヌがダンスタブル辺境伯から王宮に戻って一か月が経った。

 王妃ジークリンデに毒が盛られたことからはじまり、今日まで、怒涛の一か月だったように思う。

 ジークリンデのお茶に毒を入れるように指示を出したのはアラベラの侍女の一人だったが、彼女は取り調べを受けても頑として口を割らず、侍女のほかに関与した人間はいるのか、また目的は何なのかも、依然としてわからないままだ。


 アラベラは自分の侍女への監督不行き届きという名目で部屋に閉じ込められていたのだが、一週間ほど前に、王宮からファーバー公爵家に移された。

 ファーバー公爵が娘の扱いが不当だと騒ぎたて、実家に里帰りさせろとうるさかったのだ。

 普通であればそのような要望は通らないのだが、王宮の人事を刷新することもあり、むしろアラベラに王宮に留まられていたら邪魔にしかならないと判断され、アラベラは一度公爵家に返されたのである。


 ただし、側妃という身分は簡単には剥奪できないので、彼女はまだルーファスの側妃のままだ。

 アラベラが去った後、一気に王宮内の人事を刷新したので、王宮はかなりすごしやすくなった。

 これにもファーバー公爵が異議申し立てをしたが、娘の里帰りの要望を聞いてやったのだからこれ以上は知らないと突っぱねたそうだ。

 軍へ支給されるポーションの仕入れ先はスチュワートの商会に移されたため、ファーバー公爵はポーションの生産中止を盾にできなくなっている。

 派閥の人間を出仕させなくするだの、あれこれと手を変え品を変え脅してきたそうだが、ついでに城の人事も動かせればラッキーだと、国王は一切聞く耳を持たなかったそうだ。


 最終的には「後悔しますよ」という捨て台詞とともに、ファーバー公爵は引き下がったと言う。

 国王は、ずっと大きな顔をしていた弟をやり込められて、大変気分がよかったと笑っていた。


 軍への支給分が上乗せされたため、ヴィオレーヌが生産しなければならないポーションの数はぐんと上がったが、戦時中を思えば全然苦ではなかった。

 国からの注文も入るようになったので、スチュワートは少しずつポーションの値段の引き下げに着手しはじめている。一本当たり金貨一枚で販売していたものを、現在は大銀貨八枚に下げたらしく、国へ卸す分はもう少し落として、大銀貨五枚で提供しているらしい。

 国王は、ポーションの購入に充てていた税金が浮いたと大喜びで、浮いた分を復旧支援に回すことに決めた。


「ヴィオレーヌ、根を詰めると疲れるぞ」


 ここのところ国王の補佐でバタバタしていたルーファスだが、今日は午後から休みが取れたそうだ。

 朝からせっせとポーションを作っていると、昼を少し過ぎたころにルーファスが戻って来た。


「これを瓶詰したら終わりですから」

「そうか。それならいいんだが」


 ヴィオレーヌがポーションを瓶に詰める端から、ジョージーナとルーシャが数を数えて木箱に詰めていく。

 それをミランダが発注書と照らし合わせて、ある程度まとまったらアルフレヒトに手伝わせて王宮の外に停めている馬車まで運び出していた。


「母上に毒を盛ったのがお前じゃないと公表されたから、悪評も落ち着いて来ただろう? お前のお披露目を行っていなかったのもあって、父上がそろそろお披露目パーティーをしたらどうかと言っているんだが、問題ないか?」


 ヴィオレーヌがポーションを瓶に詰め終わったのを見計らって、ルーファスが訊ねた。

 椅子から立ち上がり、彼が座っているソファに移動しながら、ヴィオレーヌは首をひねる。


「お披露目ですか? 結婚式もまだですけど……」


 普通は、結婚式を終えてからお披露目をするものではないだろうか。


「順番が逆になるが、結婚式はまだ予定すら立てていないだろう? このままずるずると月日が経つくらいなら、先にお披露目パーティーをした方がいいと父上も母上も言っている」

「なるほど……」


 ジークリンデに毒を盛られたことや、ファーバー公爵家の問題などが重なっていて、のんびり結婚式の準備に映れない状況だ。先にお披露目だけをすませておくと言う意見も一理ある。


「ただでさえバタバタしていて、今年はまだ一つも社交を行っていないからな。お前の存在は知っていても顔を知らない貴族は大勢いる」

「それもそうですね」


 すでに社交シーズンに突入していて、王都では各々がパーティーや茶会を開催している時期である。

 王族はそれほど頻繁に参加するわけではないが、まったく社交をしないでいいわけではない。

 王家主催のパーティーでまとめて貴族が呼べれば、一気に顔見せや挨拶もできて楽でいい。


「ミランダ、準備は問題ないかしら?」

「いつでも大丈夫ですよ。いつ社交が入ってもいいように、ヴィオレーヌ様のドレスなどは兄から届けさせています」

「だ、そうですよ」

「そうか、助かる。では父上にも言っておこう」


 ポーションの木箱を運び出す作業をアルフレヒトに任せて、ミランダがメイドに頼んでお茶を用意させた。

 癖で毒検知の魔術をかけたが、新しく人事が入れ替えられた王宮は平和そのもので、毒が盛られる可能性は非常に低いと思う。


 お茶を飲んで一息ついていると、ルーファスから散歩に誘われた。

 アラベラもいないし、ヴィオレーヌに反感を抱いている人間も減ったため、本格的な冬が来る前に王宮の庭を案内してくれるそうだ。

 ここのところ、ろくに部屋から出ずにポーション作りばかりしていたので、散歩も悪くないかもしれない。


 ルーファスの手を取ると、きゅっと優しく握られる。

 護衛としてジョージーナがついてきたが、邪魔にならないように気を使っているのか、少し気を取って歩いているようだ。


「なんだかんだとバタバタし通しだったから、こうして散歩する時間も取れていなかったな」


 ルーファスはそう言うが、ヴィオレーヌはそもそも、嫁ぎ先で夫とこうして散歩する日が来るなんて想像だにしていなかった。

 モルディア国のためにうまく立ち回ることしか考えておらず、夫婦仲は祖国を危険から守れる程度に構築できていればいいくらいにしか思っていなかったのだ。

 それがこうして、ルーファスの手を繋いで散歩している。

 しかもそれが、嫌ではない。

 不思議なものだ。


 秋も終わりだからか外は少し寒くて、だからこそルーファスの手がとても温かく感じられた。

 寒いからと心の中で言い訳をして、ほんの少し彼に寄り添うように体を寄せると、ルーファスがふっと柔らかく微笑む。

 ルーファスの、このふわりと雰囲気が柔らかくなる微笑みが、ヴィオレーヌは嫌いではない。

 というか、見るたびにドキドキするので、不意打ちはやめてほしいくらいだ。

 最初は疎まれ、憎まれてさえいたと言うのに、こうして大切にされていてそれが嬉しいと思ってしまうのだからおかしなものだ。

 王宮の中庭に来たのははじめてだが、花壇に色とりどりの花が植えられていて、実に美しい。


「好きな花があれば、庭師にでも言ってみるといい。取り寄せられる花ならすぐに植えてくれるだろう」

「花ですか……」

「好きじゃないか?」

「いえ、好きですよ。ただ、詳しいわけではないので……」


 一度目の人生でも、十三歳の時からはじまった戦争の影響もあり、花をめでる暇なんてなかった。

 やり直すことになった今の人生では、力をつけることばかり考えていたため、メイドや侍女が飾ってくれる花を見ることはあっても、注意深く観察することはなかった。綺麗だなとは思ったが、ただそれだけだ。

 ルーファスに言われて、ようやく自分にも花をめでる余裕が生まれたように感じて、ちょっと感慨深いものがある。


「それなら母上にでも聞いてみればいい。母上は花が好きで、やたらと詳しいんだ。お前が気に入る花も見つかるかもしれない」

「そうですね」


 そういえばモルディア国の義母も花が好きだったなと思い出しながら、ヴィオレーヌは頷いた。戦争が終わり、モルディア国の義母は庭いじりでもしているだろうか。モルディア国の家族がひどく懐かしい。

 それでも、あまり寂しいと思わないのは、ルーファスがいるからだろか。

 いつの間にか彼の近くにいることが心地よく、当たり前になってきている。


「ヴィオレーヌ、あそこのベンチは日が当たっていて温かそうだ」


 座ってのんびりしようと、ルーファスがヴィオレーヌの手を引いて歩き出す。

 彼の横顔を見上げて、ヴィオレーヌは微笑んだ。


 認めよう。


 たぶん自分は、ルーファスに惹かれている――





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