犯人の目的 4

 アルベルダが去って三日ほど経った日のことだった。

 いつもより早い時間に城から戻って来たルーファスが、国王の部屋に来てほしいと告げてきた。

 何かがあったのだろうと緊張が走ったが、ルーファスが強張ったヴィオレーヌの顔を見て安心させるように微笑む。


「誰かに毒が盛られたとか、そういう話じゃない」

「そうですか……」


 けれども、わざわざ国王の部屋に呼び出されると言うことは、それなりのことがあったはずだ。

 ルーファスとともに部屋を出ると、護衛としてルーシャとアルフレヒトがついてくる。ジョージーナはアルフレヒトに変わって部屋の扉を守っておくらしい。

 部屋を出ると必ずと言っていいほどアラベラが絡みに来るのだが、珍しく今日は姿が見えなかった。


(わたしが部屋から出たら連絡が入るようにしていたみたいだけど、変ね)


 わざわざ使用人にヴィオレーヌの動きを報告させて嫌味を言うために顔を出すのだから、アラベラも変なところでマメな性格である。その彼女の姿が見えないことに、ヴィオレーヌは怪訝がった。

 それはルーシャとアルフレヒトも同様だったらしい。

 いつアラベラが顔を出すかと目を皿のようにして廊下を確認していた二人が、階段に差し掛かったところで軽く首をひねっている。

 ただ、アラベラが出て来ないに越したことはないので、ヴィオレーヌは深く気にするのをやめた。


 階段を上って国王の部屋に向かうと、部屋の扉を守っていた二人の騎士がすぐに扉を開けてくれた。

 中には国王のほかに、王妃ジークリンデと第二王子クラーク、そして軍部大臣のメイプル侯爵の姿があった。

 ルーシャとアルフレヒトが壁際に控える。

 ルーファスの護衛としてついて来ていたカルヴィンが、ソファの後ろに立った。

 部屋の中にはクラークと、それからジークリンデと国王の護衛もいるので、なんだか物々しい雰囲気である。


 三人に挨拶をした後でソファを勧められたので席に着くと、ジークリンデの侍女がお茶の用意をしてくれた。お茶やお菓子はあらかじめキッチンで用意されてメイドがワゴンに乗せて運んでくることが多いのだが、安全面を考えて侍女に入れさせることにしたようだ。

 ヴィオレーヌとも顔見知りの王妃の侍女が、にこりと柔らかく微笑んでくれる。彼女はジークリンデの侍女だけあって、どことなく穏やかな雰囲気が似ていた。嫁いでくるときに祖国フレイジア国から一緒に来た侍女で、この国の騎士と結婚後、子育てを終えて復帰したと聞いたことがある。


 念のために毒検知をしてほしいと国王に頼まれで、お茶とお菓子すべてに毒検知をかける。

 毒物の反応が出なかったことを告げると、王妃の侍女がホッとしたように微笑んだ。侍女にお茶を入れさせたところで、お菓子はキッチンで作られているし、お湯もキッチンで沸かしているので、他人の手が入っているからだ。


 お茶を飲んで一息ついたところで、国王がルーファスを見た。

 ルーファスが頷いて口を開く。


「先日のメイドの取り調べが進んだんだ。メイドは母上のティーカップに毒を混入させたことを認め、指示を出した人間についても口を割った。指示を出したのは、アラベラの侍女の一人だった」


 ハッとしてヴィオレーヌは顔を上げた。

 クラークが眉を寄せ、王妃がぎゅっと目をつむる。

 国王はあらかじめ情報を知っていたのかあまり表情は動かさなかったが、厳しい顔をしていた。


「現在その侍女の身柄を拘束し取り調べをしているが、アラベラは関与を否定していて、侍女の名前が出たことについても、ヴィオレーヌの陰謀だと騒いでいる」


 ヴィオレーヌが部屋から出たのにアラベラが姿を現さなかったことが不思議だったが、彼女は現在、侍女の取り調べが終わるまで部屋からの外出を禁止されているそうだ。


「アラベラが関与していないにしても、母上に毒を盛るような侍女をそばに置いているのです。このままアラベラを王宮に留まらせるのは危険では?」


 クラークの意見に、ルーファスは疲れたように嘆息し、国王を見る。


「俺としてもこのまま側妃として留めておくのは問題だと思っているが……、ファーバー公爵がどう出るか、でしょうね」

「そうだな。すでに弟からは私のところに苦情が来ている」

「苦情って……。公爵家に関わりのある人間が母上に毒を盛っておいて、謝罪ではなく苦情ですか。叔父上の頭の中はどうなっているのでしょう」


 クラークの意見には大いに同意したいところだが、国王とルーファスの顔を見るに、こうなることは想定済みだったようだ。


「疑わしいと言うだけでアラベラを王宮から追い出した場合、派閥をまとめ上げて王家に圧力をかけるだろうな。アラベラを側妃にしようとしたときと同じになる」

「アラベラは母上に対してもずっと高圧的だった。まあ、母上に対してだけではないけど。それは理由にできないの?」


 クラークに訊ねられて、ルーファスがゆっくりと首を横に振った。


「そんな理由で追い出せるなら、俺はとっくに追い出している」

「……それもそうだね」


 わかり切ったことを聞いてごめん、とクラークが肩を落とした。


「今後、ファーバー公爵家側がどういう対応を取って来るかにもよるが、場合によってはファーバー公爵とその派閥を敵に回すことになるだろう。さすがに、母上が害されているのにアラベラの拘束を解くわけにはいかない。最低でもアラベラが関与していないという証拠が出るまで不可能だ。そうですよね、父上」

「もちろんだ。……幸いにして、以前と違い、今はポーションが手に入る状況だからな」


 国王がヴィオレーヌを見て、ふっと微笑む。

 巨大な派閥の圧力に加えて、ポーションまで独占されていたため、王家はファーバー公爵家に逆らえない状況だった。

 しかしポーションはヴィオレーヌが作りはじめ、スチュワートの商会を通して購入可能となっている。販売価格もファーバー公爵家が設定している価格の半値であるため、この機に国のポーションの調達先をファーバー公爵家からスチュワートの商会に移そうと考えているらしい。

 購入資金も半値ですみ、さらにファーバー公爵家の権力を低下させる狙いだという。


 ファーバー公爵家とその派閥は、マグドネル国との戦争が勃発してから急激に力をつけてきた。

 ポーションを独占体制に持ち込み、戦時中で混乱しているさなかに国内の分裂で王家を脅しアラベラを王太子の側妃にねじ込んだ。

 王家としても思うところがあったが、ポーションが独占されている状態ではファーバー公爵家を敵に回すわけにはいかなかったらしい。


 しかしポーションの仕入れをファーバー公爵家に頼らなくてもよくなった今、これ以上公爵家の言いなりになるのは我慢ならないと国王は言った。基本的に穏やかな人でも、王の椅子に座っている人である。弟とはいえ一公爵家に従ったままでいられるはずがない。

 ルーファスが心配そうな顔をヴィオレーヌに向けた。


「ヴィオレーヌ、少し負担をかけることになるかもしれないが……」

「ポーションを作るのはそれほど大変ではないので大丈夫だと思います。あとで、スチュワート様と相談して、具体的な生産数を教えてください」

「助かる」

「ヴィオレーヌが嫁いで来たのは、天の差配かもしれないな」


 国王がしみじみとした声で言う。

 そんな国王を、ジークリンデがあきれた顔で見やった。


「まあ、あなた。一時はヴィオレーヌを疑って厳しい顔をしていたと言うのに、都合がよすぎはしませんか」

「う……」


 わたくし、まだ怒っているんですよ、とジークリンデが軽く睨むと、国王が言葉に詰まっておろおろしはじめる。

 クラークも居心地が悪そうに身じろぎした。


「それに、本来であればヴィオレーヌはルーファスとの結婚式の準備をはじめる時期ですのに、国内がごたごたしているためずっと先延ばしになっているのです。今回は特例で結婚式を挙げる前にルーファスの正妃としましたけれど、本当であればまだ婚約者としての滞在だったんですよ。それなのに無理を言ってポーションを作ってもらうんですから、誠意を見せていただかないといけませんわ」

「わ、わかっている。その、ヴィオレーヌ、本当にすまなかった。落ち着いたら改めてそなたの恩に報いたいと思っているが、なにぶん今はバタバタしていて……」

「それについてですが父上。褒賞というわけではありませんが、この機会に精査していただきたいことがあります」


 謝らなくて大丈夫です、とヴィオレーヌが言う前にルーファスが言った。

 ヴィオレーヌは何か問題でもあったのだろうかと首をひねる。

 国王もきょとんとしていた。


「何かあったのか?」

「ええ。ヴィオレーヌは母上の言った通り、すでに俺の正妃の扱いになっています。そのためヴィオレーヌにも正妃の格を保てるだけの予算が毎月支払われているはずですが、いまだに銅貨一枚たりともヴィオレーヌに支払われていません」

「なんだと?」


 国王がさっと表情を正した。


「ヴィオレーヌの予算は、アラベラの予算に合算されているようです。この機に、王宮の管理およびここで働く使用人たちの、一斉精査をお願いしたく存じます。……特に、アラベラが側妃になった際に、ファーバー公爵家が無理にねじ込んできた使用人たちは、できるだけ解雇していただけると助けるのですけど」


 使用人に裏で好き勝手なことをされたままでは王家の沽券に関わるというルーファスに、国王もクラークも大きく頷いた。


「直ちに精査させよう。宰相に信頼のおけるものを調査官として回すように言っておく」

「お願いします」

「それから、ヴィオレーヌの予算はすぐに用意させよう。すまなかった、これまで大変だっただろう?」

「スチュワート様がポーションの収入の一部を回してくださっているので、お気になさらず」


 しかし、本来であれば妃は与えられた予算の中で必要なものを購入したり側近の給料を支払ったりするものだ。ルーファスのおかげで特例措置としてポーションで稼いでいたけれど、ゆくゆくは正しい流れに戻す必要があるだろう。

 以前ルーファスが言ったが、王族は税金で生活している分、何か仕事をするにしてもそれは公務や奉仕という扱いになるのだ。ポーションを作っても、本当であればそれは善意の奉仕活動の一つとして片付けられていたはずなのである。


(モルディア国でも、ポーションを作ってもお金なんて銅貨一枚たりとももらわなかったものね)


 ルーファスがかなり融通を利かせてくれているのだ。

 今更だが、ルーファスに感謝した方がいいかもしれない。


「殿下、無理を聞いてくださってありがとうございました。予算が回されるのであれば、ポーションの収入は受け取らない形にした方がいいですよね?」

「いや……、もうしばらくこのままでいいんじゃないか? ねえ、父上」

「そうだな。特にしばらくは無理をさせることになるかもしれない。国内の状況が落ち着くまではこのままでいいだろう」


 いいのだろうか。今でもかなりの収入があるのだが。


「気になるなら、落ち着いたときにでも余っている収入分を教会に寄付したらどうだ。大司祭が喜ぶだろうし、お前への市民の心象も上がっていいんじゃないか?」

「そうですね」


 予算が無事に入るようになれば、ポーションの収入分は不要になる。ルーファスの言うように、落ち着いたころを見計らって教会に寄付すればいいだろう。


「では当面の間は、ファーバー公爵家の権力を落とす方向で動くということでいいですか?」


 ルーファスが確認すると、国王夫妻とクラークが頷く。


「それでは、私の方から一つ、よろしいでしょうか?」


 話がまとまったところで、それまで黙って話を聞いていたメイプル侯爵が手を上げた。


「王妃様に盛られた例の毒物ですが、調べがつきました」


 全員が、はじかれたようにメイプル侯爵へ視線を向ける。

 注目されたメイプル侯爵は、表情を引き締めて言った。


「あの毒は『リウツゥン』という名の毒でしてな。原産国はマグドネル国。……と、言いますか、現代ではマグドネル国以外では、生産されていない毒物でございます」







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