ダンスタブル家の次男 2
ダンスタブル辺境伯は、五十歳ほどの、体格のいいいかめしい顔つきの男性だった。
太い二の腕は、武器を持って戦うことを生業にしてきた人間の証だ。
良好とはいえないマグドネル国との国境付近を守るダンスタブル辺境伯は、王都で優雅に暮らす貴族とは風格からして異なる。
熊のように大きな体に、焦げ茶色の髪と、鳶色の瞳。眼光は猛禽類のように鋭く、挨拶を終えた後のヴィオレーヌをじっと凝視するその視線には警戒するような色があった。
「ダンスタブル辺境伯、妃は――」
「わかっております。殿下がお連れしたのですから、信用のおける方なのでしょう。けれども、こういう地を治めている立場から、人を疑うのは癖のようなものなのです。申し訳ございません」
「わかっております。どうぞお気になさらず。ただ、わたしも殿下とともにこの地の問題を解決するために参りました。殿下と行動を共にすることはお許し願いたいと存じます」
ルーファスが苦言を呈するのを止めてヴィオレーヌが答えると、ダンスタブル辺境伯は軽く目を見張って、少しだけ表情を緩めた。
「ええ、そういたしましょう。……モルディア国の聖女殿が本当に力を貸してくださるのであれば、きっと状況も上向くでしょう」
ちらり、とダンスタブル辺境伯がヴィオレーヌの背後のジョージーナやルーシャ、それから大勢の騎士や兵士に視線を向ける。
何気なく彼の視線を追って後ろを振り返れば、ジョージーナたちは険しい表情でダンスタブル辺境伯を睨んでいてギョッとした。
「正妃様は騎士たちの信頼を勝ち得ているようだ」
すると、ルーファスが肩をすくめた。
「いろいろあってな。彼らはヴィオレーヌの心棒者みたいなものだ。不要な発言をすると本気で怒るだろうから、発言には注意してもらいたい」
「そういう殿下にも……いろいろ、あったようですな」
ダンスタブル辺境伯がふっと鼻から息が抜けるような笑い声をあげて、城のメイドに命じて部屋を案内してくれる。
夫婦なのだから当然だが、ここでもルーファスとは同じ部屋だ。
広い部屋の中に天蓋付きの大きなベッドと、ソファとテーブル、何種類かのアルコール度数の強そうな酒瓶が置かれた棚。それから時代が経っていそうな少し古いデザインの暖炉がある。
今は夏だが、北のダンスタブル辺境領ではもう秋のような気候だ。寒くなるのも早いだろうから、暖炉の出番も比較的早く訪れるのだろう。暖炉の近くに、すでにたくさんの薪が積んであった。
続きにはバスルームがあったが、侍女の部屋は続き部屋ではなく投下を挟んで向かい側の部屋だった。同じく護衛騎士のジョージーナやルーシャも向かい側の部屋を使うことになるそうだ。
石造りの城なので冷えやすいのだろう。
床には分厚い絨毯が敷いてあり、壁にも分厚い毛織のタペストリーがかけられてある。
アルベルダはヴィオレーヌと同じ部屋を使いたがったが、猫の世話を主人がするものではないと案内してくれたメイドに顔をしかめられたのでミランダに頼むことにした。
人語をしゃべる猫なんて恐れられるだけなので、ここではアルベルダは、人前ではただの猫として過ごすことにしたらしい。ミランダに預けられた彼は、不服そうな顔で「にゃー」と鳴いた。
一日三食の食事は一階のメインダイニングでダンスタブル辺境伯夫妻と、その息子たちとともに取ることになるそうだ。
案内を終えてメイドが去って行くと、入れ替わりで別のメイドがお茶を運んでくる。
ミランダがさっそく持って来た鞄をあけて荷物を片付けはじめた。
片づけはミランダがしてくれるというので、することがないヴィオレーヌはルーファスとお茶を飲むことにした。
一息ついたところで、ルーファスが赤く染まった窓の外を見やってから訊ねる。
「俺は明日にでも町の様子を見てくるつもりだが、ヴィオレーヌはどうする?」
しばらくは城からあまり出ない方がいいと言われていたことを思い出して、ヴィオレーヌは少し考えた。
ルーファスがいないのであれば、城の中を歩き回るのも避けておいた方がいいだろう。
到着早々ヴィオレーヌが大きな顔をして城を闊歩していたら、嫌な気持ちになる人もいるだろう。
けれども何もせずにぼーっとしているのも退屈だなと思っていると、ミランダが片付けの手を止めて振り返った。
「でしたら、ポーションを作ってはどうでしょう?」
ミランダは、何が何でもポーションを売って稼ぎたいようだ。
ヴィオレーヌとしてもすることがないよりはポーションを作っていたほうがいいが、どうなのだろうかとルーファスと見やれば、彼は顎に手を当てて少し考えてから頷く。
「悪くないだろう。王都からいくつか運んで来たには運んで来たが、恐らくダンスタブル辺境伯領にあるポーションの量は充分ではないはずだ。お前が作ってくれると助かるだろう。一応、ダンスタブル辺境伯にも話をしてみよう。断りはしないはずだが……価格交渉は俺にさせてくれ。ミランダが出ると、商売っ気が強すぎて困る」
「買いたたかれないでくださいよ!」
「善処はするが、できればできるだけ値を下げたいとも思っている。その方がヴィオレーヌに対する心象も良くなるだろう」
ミランダが不満そうに口を尖らせた。
「うちは一本大銀貨五枚以下には下げませんからね。それ以下にするなら国が補填してください」
「作るのはヴィオレーヌだろうが」
「契約したのは、うちです。下手に値を下げすぎて、その価格で売れと他から言われても困ります。兄もいずれは価格をもっと下げるつもりでしょうけど、今じゃありません」
「わかった。状況によっては大銀貨五枚以下にするかもしれんが、その分は国が補填するようにする」
ルーファスが請け負うと、ミランダがにっこりと微笑む。
「それなら結構です! では、植木鉢かプランターを用意してもらった方がいいですね」
「それも俺から頼んでおく。作成者はここでも伏せるが、ダンスタブル辺境伯にだけはヴィオレーヌが作ったという話はするつもりだ。そのくらいはいいだろう?」
「外部に漏れなければいいと思います」
「わかった」
――どうやら、ここでも当面はポーション作りが仕事になりそうだ。
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