ダンスタブル家の次男 3
次の日――
ルーファスとダンスタブル辺境伯を見送った後、ヴィオレーヌが部屋でポーションを作成していたときのことだった。
「正妃ヴィオレーヌはいるか‼」
突然、大きな声が廊下の当たりから響いてきて、扉の内側を守っていたジョージーナが何事かと扉を開ける。
気になったのでヴィオレーヌも部屋の外を確認すると、どたどたと大きな音を立てながら、二十代半ばほどの大柄な男がこちらに向かって廊下をかけてくるのが見えた。
その男の後ろを、数名の騎士と思しき男たちが青ざめながら追いかけてくる。
「お、お待ちください!」
「正妃様に対して、無礼でございます、アルフレヒト様!」
(アルフレヒト?)
その名前は聞き覚えがあった。
昨日の晩餐と今朝の朝食のときに不在だった、ダンスタブル辺境伯家の次男だ。
確か年は二十五歳で、北側の守りの確認に出ていて数日前から不在にしていると聞かされたが、戻ってきたのだろうか。
怪訝に思っていると、勢いよく廊下を走っていたアルフレヒトが、ヴィオレーヌの部屋の前で急停止する。
追いかけてきた騎士が勢い余ってアルフレヒトの背中にぶつかってすっころんでいた。
「見つけたぞ、正妃ヴィオレーヌ‼」
別に隠れていたわけではないので「見つけたぞ!」と勝ち誇ったように宣言されても困る。
ジョージーナとルーシャがヴィオレーヌを守るようにアルフレヒトに立ちはだかった。
「アルフレヒト様、突然なんですか。正妃様に対して無礼ではないですか」
「ジョージーナとルーシャか。そこをどけ! 俺は正妃ヴィオレーヌに用があるのだ‼」
ジョージーナとルーシャはアルフレヒトと顔見知りのようだ。
アルフレヒトが右手には鞘に入った長剣を握り締めているため、ジョージーナたちはかなり警戒しているようである。
「何かご用でしょうか?」
ジョージーナたちの背後から声をかけると、アルフレヒトはキッとヴィオレーヌを睨みつけて、鞘に入ったままの長剣の先をヴィオレーヌへ向けた。
「聖女だなんだと言われて調子に乗っている敵国の姫よ! 腑抜けた騎士どもが騙されてもこの俺は騙されんぞ! その化けの皮、はがしてくれる!」
「は?」
「俺、アルフレヒト・ダンスタブルは、正妃ヴィオレーヌに決闘を申し込む‼」
アルフレヒトは、父親によく似た鳶色の瞳を爛々と輝かせて高らかに宣言する。
彼を追いかけてきた騎士たちが「何を考えているんですか⁉」と大声でわめいているのも聞こえるのだが、ヴィオレーヌはどうしたらいいのだろう。
(決闘って……、一応、わたしは正妃なんだけど)
この国では、王太子の正妃に決闘を申し込むのは当たり前のことなのだろうか。
ヴィオレーヌは困惑したが、決闘を申し込んだ自分に酔っているのだろうか、アルフレヒトはヴィオレーヌの返答を聞く前に「表に出ろ‼」と言い出した。
「アルフレヒト様‼ お父上に怒られますよ‼ お父上と兄君がご不在のときに何を考えていらっしゃるんですか‼」
ダンスタブル辺境伯の長男も、辺境伯とともにルーファスに町を案内するために外出中だ。
騒動を聞きつけて慌ててやって来たダンスタブル辺境伯夫人が、息子の暴走に蒼白になって「なにを考えているの⁉」と騎士たちと同じ言葉を叫んでいるが、この様子では、母親の制止では止まりそうにない。
「ヴィオレーヌ様、相手にする必要はございません。殿下もご不在なのです。さあ、お部屋に」
ジョージーナに背を押されて、ルーファスの不在時に勝手なことはできないだろうとヴィオレーヌは頷いた。
「アルフレヒト様、申し訳ございませんが、そのお話は夫が戻ってから――」
「逃げるのか?」
突然の決闘申し込みの理由はわからないが、ルーファスに何とかしてもらおうと思っていたヴィオレーヌは、その一言にカチンときた。
「腰抜けめ! さすが取るに足らない小国の姫だな! こんな女を聖女だなんだと担ぎ上げなければデカい顔もできなかったモルディア国など、たかが知れている。今度こそ攻め込んで、完膚なきまでに叩き潰してくれよう!」
(なんですって?)
部屋に帰ろうと思っていたヴィオレーヌの足が止まる。
別に聖女なんて称号はヴィオレーヌが望んだものではないのでどうだっていい。ヴィオレーヌを馬鹿にするだけなら、腹は立つが我慢はできる。しかし、モルディア国を馬鹿にされるのは我慢ならなかった。ましてや攻め込んで叩きつぶす? ……許されるはずがない。
すっと漆黒の瞳を細めて、ヴィオレーヌはゆらりと振り返る。
怒りに染まったヴィオレーヌの表情に、ジョージーナとルーシャがひゅっと息を呑んだ音が聞こえた。
「ミランダ、わたしの剣はある?」
振り返らずに訊ねると、部屋の中からミランダが細身の剣を持ってくる。
「こちらに」
「ありがとう」
「ミランダ⁉」
ジョージーナがぎょっとした声を上げたが、ミランダはにっこりと笑った。
「脳筋は、一度痛い目を見ないとわからないでしょうから」
まったくその通りだ。
ミランダの意見に大きく同意しながら、ヴィオレーヌは鞘に収まったままの剣の切っ先をアルフレヒトに突きつけた。
「その決闘、受けて立ちましょう」
背後で、完全に黒猫のふりをしているアルベルダが、やれやれと言いたそうな声で「にゃー」と鳴いた。
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