ダンスタブル家の次男 1

 およそ二か月の移動を終え、ヴィオレーヌたちはルウェルハスト国の最北端に位置する、北の砦――ダンスタブルに到着した。

 ダンスタブルは城壁都市だ。

 大きな町の周りをぐるりと高い壁が囲み、城壁の外には堀が巡らせてある。

 町の中に入るには東西に設置された跳ね橋を渡るしかなく、外からは敵が侵入しにくい作りになっていた。


 馬車に乗ったまま跳ね橋が下りてくるのを待ちながら、ヴィオレーヌは外壁に残されたいくつもの戦の爪あとを眺めていた。

 大きな石か何かがぶつかってえぐれたようになっている場所。

矢や槍が突き刺さったままになっているところ。

 壁に大きな穴が開き、それを修復したあと。

 火を放たれたのだろうか、焼け焦げたように黒ずんでいる場所もある。

 移動中にいくつもの町を見てきたが、復興が進んでいないと国王が言っていた通り、ここが一番戦の爪痕が大きく残っているように見えた。


「人が来るたびに毎回跳ね橋を上げ下げするのは大変ですね」

「もともとは日中は下したままにしていたはずだ。おそらく、マグドネル国の残党兵を警戒しているのだろう」

「なるほど」


 戦が終わって一年がたったのに、まだ残党兵に悩まされているのは少々違和感がないわけではないが、ここを北にもう少し行けば国境の森だ。そのあたりにずっと潜伏していたのかもしれない。


(でも、一年も経てば自国が敗北したことくらいわかるでしょうに、ね)


 敗北を知ってもなお、剣を捨てられなかったのだろうか。

 北の守りであるダンスタブルを落とせば、再び攻め入ることも可能と考えているのか、どうなのか。


 マグドネル国には現在ルウェルハスト国の監視役の人間が何人も常駐しているので、マグドネル国の王の意思ではないはずだ。

 というのも、マグドネル国の王は、ルウェルハスト国の監視下に置かれており、近く、息子に譲位する予定であるからである。


 マグドネル国の現王は野心家な男だが、王太子は穏健ではないけれど、状況判断ができる冷静な男だ。勝てない戦なしない主義なのである。この状況でルウェルハスト国との間に戦を起こせば自国が滅びることくらいわかっているはずなので、余計な諍いを起こすはずがない。


 跳ね橋が完全に降りたので、ゆっくりと馬車が進みだす。

 南寄りの中央にこの地を治めるダンスタブル辺境伯の大きな城があって、ルーファスたちはここにいる間その城に滞在することになっていた。


 跳ね橋を渡り終え、城に向かって馬車が進みはじめると、ヴィオレーヌは馬車の窓から町の様子を観察した。

 大きな町だ。通りも大きい。

 しかし、人通りは少なく、あまり活気がないように思える。


(残党兵のせいかしら、ね)


 残党兵のせいで精神が疲弊し、さらに復興も遅々として進んでいない状況では、ここで暮らす人々も安心できないのだろう。

 マグドネル国との国境付近なので、戦時中は前線と考えて間違いない。

 大勢の騎士が駐留し、そして大勢の死を目の当たりにしてきたはずだ。

 いつこの町が攻め落とされるかと戦々恐々とした毎日だっただろう。

 戦で家族を失った人も大勢いるかもしれない。


(……わたしの存在は、ここに住む人たちに刺激にならないかしら)


 王太子ルーファスに嫁いだとはいえ、ヴィオレーヌは敵国の姫だった。

 ここに住む人間にとっては、ヴィオレーヌがマグドネル国の純粋な王女ではなく、元はモルディア国の姫であろうと関係ない。モルディア国もマグドネル国の同盟国として戦に参加していた敵だ。割り切れはしないだろう。


「……わたしはあまり、出歩かない方がいいかもしれないですね」

「そんなことはないと言ってやりたいが、しばらくは城の外には出ない方がいいかもしれない。出る時も、必ず俺と一緒のときだけにしてくれ。俺の妃を無暗に攻撃するような愚か者はいないと信じたいが、この状況だ。……せめて復興が進んでいれば違ったかもしれないがな」


 ルーファスも、まさかここまで復興が遅れているとは思わなかったと言いながら、がれきが積まれた町の様子を見やる。

 投石にあったのかもしれない。

 町のあちこちに半壊した建物と、積み上げられたがれきが見えた。

 雨露をしのぐために、壊れた建物に天幕を張っている家もある。

 痩せ細った子供が、がれきの陰から、怯えと好奇心の入り混じった顔をこちらに向けているのが見えた。


「食糧はいきわたっているんでしょうか?」

「わからん。情報が少ないんだ。ダンスタブル辺境伯に直接聞いてみるしかあるまい」

「そうですね……」


 この状況であれば、病院もあまり機能していないだろう。

 病気になっても診てくれる人がいないかもしれない。

 わずかの間滞在したマグドネル国もひどかったが、ここも負けず劣らずひどい。

 こんな状況を見ながら、モルディア国が戦火に巻き込まれなくてよかったと思ってしまったヴィオレーヌは、ひどい女だろうか。


(誰かの犠牲の上に、人は立っている……)


 つくづく、その言葉の意味を思い知る。

 ヴィオレーヌは、モルディア国の国民を守るために加護を与えたことを後悔していない。

 何度同じ過去をやり直しても、ヴィオレーヌはモルディア国を守ることに最善を尽くすだろう。

 けれど、ここダンスタブル辺境伯領の人たちを見て、心が痛まないわけではない。


(過去は変えられない。変えられたとしても、わたしは変えることを選択しない。……でも、せめてわたしの目に映る人たちは、何とかしてあげたい)


 そのためには、まずはマグドネル国の残党兵をどうにかしないといけないだろう。


 ヴィオレーヌは、前方に見えてきたオレンジ色の夕日に照らされたダンスタブル辺境伯城を見上げて、きゅっと唇をかみしめた。




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