売られた喧嘩は買いますけど 3

 王都にある王宮にヴィオレーヌたちが到着したのは、翌日の夕方のことだった。

 およそ一か月。マグドネル国を出発した日から数えれば二か月ちょっと。長かった旅もようやく終着点についたわけだが、ヴィオレーヌの戦いはむしろここからはじまると考えていい。


 真っ白な長方形の王宮の前に、ずらりと並ぶ使用人と、その真ん中に豪華なドレスを着た三人の女性が立っている。

 そのうち一人は四十をいくつか過ぎたくらいの女性で、一番中央に立っていることから、ルーファスの生母でルウェルハスト国の王妃だろうと思われた。そのわきに並んでいる二人が、ルーファスの側妃だろうか。

 王やルーファスの弟王子の姿はないので、城で執務中だろう。


 ルーファスの母は穏やかそうな外見の女性だった。もちろん外見で中身を判断することはできないが、事前の注意でルーファスが警戒が必要だとは言わなかったので、王妃は要注意人物ではないのだろう。


 王妃の隣に並んでいる二人は、何というか対照的な二人だった。

 一人は波打つ赤みがかった金髪に緑の瞳の、猫のように吊り上がった目の気の強そうな女性だった。

 もう一人は蜂蜜色の髪に紺色の瞳の、おっとりとした雰囲気の女性である。


 ともに、年齢はヴィオレーヌより少し上だろうか。蜂蜜色の髪より赤い髪の方が年上に見える。

 ルーファスの手を借りて馬車からゆっくりと降り立ったヴィオレーヌは、ルーファスに王妃を紹介されて、まず彼女にカーテシーで挨拶をした。やはり中央の女性はルーファスの母だったらしい。


「ヴィオレーヌと申します。モルディア国第一王女にして、マグドネル国王の養女です。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそどうぞよろしく、ヴィオレーヌ。わたくしはジークリンデ。お義母様と呼んでいただけると嬉しいわ」


 おっとりと優しい微笑みから察するに、ヴィオレーヌのことを拒絶していないと思われた。「仲良くしましょうね」と言われて、ヴィオレーヌは笑みを濃くして頷く。聞けば、ジークリンデも同盟のために嫁いで来た他国の姫で、こちらに嫁いで来たばかりの頃に勝手がわからず苦労したそうだ。息子の嫁が来たというよりは仲間が来たと喜ばれている節があった。ルーファスが肩をすくめている。


 次に、ルーファスが残り二人の女性を紹介する。

 赤い髪の方がアラベラ、蜂蜜色の髪の方がリアーナだそうだ。


 アラベラはヴィオレーヌのドレスをじろじろみて、ふんっと嘲るような笑みを口端に乗せた。

 二人は側妃なので、ヴィオレーヌが膝を折って挨拶はしてはならない。

 リアーナがまずカーテシーでヴィオレーヌに挨拶をした。


「リアーナです。これからどうぞよろしくお願いいたします」


 にこりと細めた紺色の目が、ヴィオレーヌを探るような光を宿す。ルーファスはリアーナにはあまり警戒は必要ないと言ったが、なんとなく、彼女は曲者な匂いがする。


(たぶんだけど、頭の切れるタイプだわ。彼女の前で不用意な発言や行動は控えるべきね)


 少なくともリアーナが敵でないとわかるまでは用心が必要だろう。ルーファスに見せていない顔も持っている可能性がある。

 じっとリアーナの様子を見ていたヴィオレーヌは、ふと、彼女の二の腕がアラベラのそれより太いことに気が付いた。太っているのではなく、筋肉質なのだ。


「……リアーナ様は、剣か弓かをやられているのかしら?」


 訊ねると、リアーナが目を丸くして、ヴィオレーヌの側に控えていた護衛騎士のルーシャが目を輝かせた。


「おわかりになるのですか、ヴィオレーヌ様! リアーナ様は剣をたしなまれていて、とてもお強いのですよ! ヴィオレーヌ様ともいい勝負かもしれません!」

「まあ」


 ルーシャの言葉にリアーナが頬に手を当てて首を傾げる。


「ヴィオレーヌ様も剣術を?」

「たしなみ程度ですが」

「……あれがたしなみか?」


 ルーファスがあきれ顔を向けてきたが、自分で「そこそこの腕前だと思います」なんて言えるはずがないだろう。空気を読んでほしい。


 それにしても、おっとりのんびりしていそうなリアーナが、ルーシャが褒めるほどの剣豪だとはどうしても思えなかった。人は見かけによらないものだ。それについては、細身のヴィオレーヌも人のことは言えないかもしれないが。

 感心していると、リアーナの隣から「なんて野蛮な」と蔑むような声が聞こえてきた。


「女性が武器なんて、ねえ。リアーナにも驚いたけれど、正妃様までそのような野蛮なことをなさるなんて、王宮の品格が落ちますわ」


 ジョージーナとルーシャの奮起気がピリッとしたのがわかった。

 リアーナは平然としているが、ジョージーナとルーシャ以外の背後に控えている女性騎士たちの雰囲気も尖っている。


(……なるほど、ずいぶん考えなしな発言をされる方なのね)


 何より、この場で一番位が高いのは自分だと言わんばかりの態度だ。ヴィオレーヌはともかく、この場には王妃もいるのに、どういう神経をしているのだろうか。

 これではルーファスが困るはずだ。

 王太子を支えるための妃が彼の格を落としている。それでも相手が王弟の娘である以上、ルーファス

も強く出られないのだ。ルーファスには少し同情する。


 アラベラはヴィオレーヌに挨拶をする気はないようだ。

 じろじろとヴィオレーヌの全身を見て、にやりと笑う。


「なんて安っぽいドレスでしょう。さすが敗戦国ですわね。そのような格好でルーファス様のお隣に立たれると、ルーファス様が威厳に傷がつきますわ。さっさとお部屋におこもりになったらいかが?」


 敗戦国の姫とはいえ、立場的には正妃であるヴィオレーヌの方がアラベラより上なのだが、彼女は取り繕うこともできないらしい。

 ちらりとルーファスを見れば、頭痛を我慢するように眉を寄せていた。

 ルーファスのその様子に、同意を得たと勘違いしたアラベラが俄然勢いづく。


「ルーファス様のお隣に立つ以上、美しく着飾らねばなりませんの、そんなこともわからないなんて……こんな方を娶らなければならないルーファス様がお可哀想でなりませんわ」

(美しく着飾る、ね)


 まあ、言わんとすることはわからなくもない。

 王族ともなれば相応の品格を保つための装いが必要だろう。

 しかし、戦後一年しかたっておらず、国が物資に困窮している状況で、贅沢をしすぎるのも国民感情を逆なでする行為だ。それがわかっているのだろうかと、じゃらじゃらと宝石を身に着け、いかにも高そうなドレスを着ているアラベラにため息をつきたくなった。


(これから、こんな人を相手にするのね……)


 できることならば関わり合いになりたくないが、この様子だと、こちらが逃げてもあちらから絡んでくるだろう。


(こんな人を追い落としてほしいなんて、無茶を言うわ、殿下……)


 アラベラの傲慢な言い分に、王妃とリアーナは何とも言えない表情をしているだけだ。

 他国の姫だった王妃や、アラベラよりも爵位が下の家出身の側妃では、王弟の娘には強く出られないのかもしれない。

 これまでこの王宮で、アラベラが女王然として過ごしてきた様子が手に取るようだ。


(このドレスを選んだのが殿下だって知ったらどんな顔をするのかしら?)


 一瞬、意趣返しに教えてやろうかと思ったが、それを言ったあとのアラベラが面倒くさくなりそうなのでやめておくことにした。

 部屋に下がれと言われたのだから、お言葉に甘えてもう下がらせてもらえばいいだろう。


「そなたの部屋はこちらだ」

「……え? 殿下?」


 ルーファスが先導してヴィオレーヌを案内しようとすると、アラベラが愕然と目を見開いた。


「で、殿下自ら案内されますの?」

「俺の正妃だからな」


 なぜアラベラがそこまで狼狽えているのかわからないが、面倒くさいので無視をする。

 アラベラがキッとヴィオレーヌを睨みつけているが、華奢な女性に睨みつけられたところで怖くもなんともない。


 ジョージーナとルーシャがヴィオレーヌの脇を固めるように続く。

 そのあとを、ルーファスが購入したヴィオレーヌの荷物を持った騎士たちがついてきた。


 中央の階段を上り、東に曲がる。

 ヴィオレーヌの部屋は二階の東側で、ルーファスの部屋の隣だそうだ。


 ちなみに王宮の三階を国王や正妃、それからまだ結婚していないルーファスの弟王子が使っていて、二階の西側を彼の側妃が使っているらしい。

 ヴィオレーヌの部屋の近くに、ジョージーナとルーシャたち護衛騎士の部屋、そして侍女の選定が終われば侍女の部屋も用意すると言われた。


「母上に頼んで用意してもらったから、部屋の準備は終わっていると思うが――」


 そういったルーファスが、ヴィオレーヌの部屋を開けて固まった。

 どうしたのだろうかと思って中を覗き込んだヴィオレーヌも絶句する。

 部屋の中は、賊が入り込んだのかと問いたくなるほどめちゃくちゃに荒らされていた。


「なんですかこれは‼」


 ルーシャが声を上げ、ジョージーナが青ざめる。

 その後ろについてきた騎士たちからも驚愕の声が上がった。

 元は綺麗に整えられていたのだろう。

 傷だらけになった高そうな調度品や切り刻まれたカーテン、泥だらけにされている絨毯やベッドを見て、ヴィオレーヌはすぅっと目を細める。


(やってくれたわね)


 犯人はわかっている。アラベラだ。他にはいまい。


「母上を呼べ! それから、至急、この部屋を整えなおすように手配しろ! それまでヴィオレーヌは俺の部屋を使わせる」


 苛立ち交じりのルーファスの声をきいたヴィオレーヌは、「結構ですわ」と答えた。


「ここでルーファス殿下に助けていただいたら、わたしが侮られるではありませんか」

「何を言っているんだお前は! この状態で生活できるはずが――」

「できるようにすればいいのです」


 魔術については秘密にしておこうと思ったが気が変わった。

 切り札は聖魔術だけでいいだろう。

 相手をけん制するのにも、力の片鱗を見せておいた方がいい。


「わたし、売られた喧嘩は買う方ですの」


 そっちがその気なら構わない。

 こちらも徹底抗戦の構えを取るだけだ。

 ヴィオレーヌは荒れ果てた部屋の中に片手を突き出した。

 カッと黒い瞳を大きく見開くと、部屋の中の家具が自動的に浮かび上がる。


「な――」


 傷だらけの調度やカーテン、ベッドが修復され、泥だらけだったカーテンが丸洗いされて乾かされていくのを、ルーファスや騎士たちが唖然とした顔で見つめていた。


「はい、完了」


 すべてを綺麗に修復したヴィオレーヌは、振り返ると、廊下の隅に立っていたアラベラを見つけて嫣然と笑う。


「これで、問題ございませんでしょう?」


 悔しそうに唇をゆがめたアラベラが、踵を返して走り去っていった。





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