第35話 カースフィーラー
リサイクル工場では集めた廃棄物を元に、建設資材から人間の活動に不可欠な栄養剤まで、様々なアイテムを生み出す事ができた。
担当区域の
だがそんな夢のリサイクル施設も魔合により破壊されて、今では稼働している工場は一つも残っていない。もはや処理されずに残った廃棄物が溜まっているだけのゴミだめに過ぎなかった。
―もし大型モンスターがいるとしたら、一番大きな第一廃棄物保管庫だろう―
そう思ったネベルは施設内を繋ぐ
だがすでに、目的の場所には先着がいた。
「……こんなところで何してる。余計な事はするなと言ったよな」
「てめえは、不可視の獣! なぁんだ、てめえも来たんか」
「フッ、お前みたいなトーシロにまかせておけるかよ」
ネベルはこのリサイクル工場の中が腐った廃棄物から湧き出る汚染ガスで満たされていることを知っていた。その為、防護ゴムスーツを着用し備えは万全だった。
それに対してロイは、ビーチでいた時と同じキモノ姿のままだ。逆にどうしてあれで活動できるのか甚だ疑問だ。
「お前、そんな恰好で苦しくないのか」
「なあに言ってんだ? ああ、ここの腐った空気の事か。オラは強いからな。このくらいは平気だ」
ロイは毒ガスの中でもまるで気にならないようだ。彼の身体はとても丈夫で、たとえ思いっきり呼吸しても少しせき込む程度だった。
「ミュートリアンを倒したら次はてめえだ。今度こそ覚悟しとけ」
「お前じゃ何度やったって無理だよ」
「てめえの相手はまたあとでだ。まずはあのコロニーの女の子を助けてあげなくちゃいけんからな!」
「おい、聞けよ」
あいかわらずムカつく奴だ。
「俺の邪魔はするなよ……」
それだけ言うとネベルはロイと少し離れ、周囲を警戒しながら大型モンスターが自分たちに気が付くのを待った。
しばらく経ち突如足もとがモゴモゴと揺らぎだしたかと思うと、次の瞬間ネベルたちの目の前に巨大なムカデの化け物が現れた。
「なんつーデカい虫だ」
「あれはカースフィーラーだ。やはり呪印の原因は大型モンスターで合ってたようだな」
――シャキ―
ネベルはエクリプスを構え、戦闘態勢に入った。
ゴミ山の中から現れた大ムカデは、ネベル達を見降ろしながら得物を物色するように真っ赤な大あごをカチカチと鳴らした。
全長は10メートル以上で、胴の太さだけでも人間の倍はある。胴は黒。足は血のように赤く、それぞれが機械のように連携した動作をするのだ。
―図体の割にはかなりの素早さがありそうだ―
だがこんな廃棄物だらけの足場の悪い場所では、いつもより機動力が制限される。咄嗟の回避に期待できない分、奴の動きにはより気をつける必要があるだろう。
するとカースフィーラーはカチカチと顎を二回鳴らした後に、ネベルに向かって何らかの体液を飛ばしてきた。
足元が平らならば、走って攻撃をくぐり抜ける事も容易にできただろう。しかし廃棄物に足を取られる今の状況では、疾走による回避は愚策だ。
しかしネベルにはまだ防御の手段が残っていた。懐から金属製のケースを取りだすと、前方の地面に向かってそのケースを投げつけた。
それは手榴弾のような戦闘を補助するガジェットの一つだった。金属ケースは地面にぶつかると素早く展開し盾のような形へと変形した。
(ジュジュッ)
カースフィーラーの口から放出された体液は、展開シールドに付着すると、煙を出しながら金属製の盾を溶かし始めた。
「やっぱり毒液か」
大ムカデは呪印と毒の二つの武器を使って狩りをするのだ。高い溶解性の持つ呪毒に触れたシールドはあっという間に使い物にならなくなってしまった。
―接近戦は危険だな―
そう判断するとネベルはエクリプスを銃撃形態へと変化させた。剣撃形態より速度や威力に劣るが、リサイクル工場の中ではこっちの方がむしろ確実に倒せる。
「くらえ!」
ネベルは銃弾を二発放った。しかしカースフィーラーの胴が真っ黒なせいで、この闇の中では視認しづらくわずかに狙いが逸れた。
カースフィーラーの移動速度は、ネベルの思った以上に速かったのだ。
先ほど展開シールドで毒液の攻撃を防がれたカースフィーラーは、今度は狙いをロイへと変更した。再び大顎をカチカチと鳴らすと、口から毒液を放出した。
だがロイはさっき盾が毒液で溶かされるのを直接見たにも拘わらず、あいかわらず無防備なままだった。
「忠告してやる。お前は全力で避けたほうがいいぜ」
「いらない心配だ。オラの大鎖鎌はあんな程度の毒じゃあ溶けたりしない」
「……馬鹿、そうじゃない!」
毒液はロイに向かって真っすぐ飛んで行った。だがロイは大鎖鎌で毒液を受け止め攻撃を防御した。
「フン、オラの鎌は特別なんだ。今度はこっちの番だ! ……グッ あ、あれ?」
ロイはその場で地面に倒れた。武器についた毒液から出るガスを吸い込み、一時的に身体が極度に衰弱したのだ。
カースフィーラーはその様子を見ると、再びロイに向かって毒液を放とうとして顎をカチカチと鳴らしだした。
「しまった……身体が動かない……。こりゃあ、やっちまったか」
もう毒液を躱すこともできない。ロイの頭の中では、自分が毒液でドロドロに溶かされる最後のイメージが浮かんだ。
だが、カースフィーラーから放出された毒液はネベルの投げた展開シールドによって再び防がれた。
ロイは驚いてネベルの方を向いた。
「迂闊だな。そんな事だから俺にもあんな無様に負けるんだよ」
「な、なんだと!くっ……オラは」
ネベルは銃撃形態で、再度攻撃を開始した。
しかしカースフィーラーは地面の上をヌルヌルと動き回り、エクリプスの弾丸もすべて避けていた。
そして少しずつだが、銃を持つネベルとの距離を縮められているようだ。このままでは戦況は不利になるばかりだ。
「クソ……急所に当たれば倒せるのに、あの厄介な動きのせいで狙いが定まらない」
だがその時、ネベルに意識を集中していたカースフィーラーの死角から大鎖鎌が飛んでくると、その鎖が太い胴体に絡みついてカースフィーラーの動きを止めた。
「い゛、今だ! オラが抑えてる内に、やれ!」
ロイの持つ怪力により、カースフィーラーは完全に拘束されていた。今なら確実に脳天を狙える。
瞬間、エクリプスを銃撃形態のままカートリッジを装填した。カートリッジ内のエナジー混合爆薬が射撃の威力を増幅させるのだ。
ドビュシッ
エナジー特有の淡い緑色の光を纏った弾丸はエクリプスの剣先から射出されると、真っすぐ飛んでカースフィーラーの脳天を貫いた。
ロイが大鎖鎌の拘束を解くと、カースフィーラーは力なく倒れた。
「ふぅ、これであのコロニーはもう無事か?」
「だろうな。じゃあ、俺たちもやろうか」
「は? なんだって」
ネベルはエクリプスを剣撃形態に戻した。そして剣先をロイに向けると再び戦闘態勢を取っていた。
「お前、俺と殺りたいんだろ。ならさっさと決着をつけてしまおうぜ。ここなら戦いを邪魔される事もない」
「…………てめえ、さっきはなんでオラを……」
「あ? なんか言ったか。よく聞こえないんだ。それより、さっさとかかって来い」
「…………」
ロイはカースフィーラーに巻き付けていた大鎖鎌を手元に戻すと投擲の構えをとった。
だがすぐに武器を降ろしてしまった。
「…………やめた!」
「…………は?」
そしてロイはネベルに背を向けるとリサイクル工場から出ていこうとした。
「どこに行くつもりだ」
「悪りぃが、戦いの気分じゃなくなったんだ。また今度やろう」
「今度だって?」
するとロイは拳を頭上に突き上げネベルに宣戦布告した。
「もっと強くなってから、また挑みに来るぜ。じゃあな不可視の獣」
そうして暗殺者ロイは、ネベルの元を去っていった。
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