第34話 クソったれ!
「おいピクシー。廃棄物は何もウンコだけじゃないぞ。廃油や金属くずとか産業廃棄物も含まれるし、人間の死体だって送られてるんだ。それに貴重なレアメタルがある事だって……」
「ふーん。でもだからって、あんな所に行かなくてもいいじゃないかね」
「別にお前は入って来なかったんだからいいだろ?」
「そ、そういう問題じゃないもん!」
ピクシーはぎゅっと丸めた手を上下させ、駄々をこねるようにネベルにそう言った。
確かにリサイクル工場の中は相当な刺激臭が漂っていて、2着しかないレリックのゴムスーツが無ければ活動すら困難なほどだ。ピクシーはいつも一緒にいるネベルにはそんな汚いところに行ってほしくなかったのだ。
だがそれでも工場の中では少量の希少金属を手に入れる事ができたので、ネベルはかなり満足していた。
二人がそんな事を言い争っていると、呪印で倒れた少女の父親は不安そうにこう尋ねて来た。
「あのー……それで娘はどうなってしまうのでしょうか」
少女は苦悶の表情を浮かべたまま未だ砂浜の上で横たわっていた。
「あの、マーキングとはどういう事ですか」
「そのまんまさ。この少女はモンスターに目をつけられてしまったんだ。
この呪印をつけられた者は、いつの間にか夢遊病者のようにふらりと何処かへ行ってしまう。その先は大型モンスターの住処さ」
「なんとかなりませんか」
「ああ、無理だな。呪印にかけられている魔法にはかなりの強制力がある。防ぐ事は不可能だ」
「そ、そんなっ」
それを聞くと少女の父親は膝から崩れ落ちた。
周囲にいた他の住人たちもその様子を見ると混乱し、恐怖と混沌に騒めいていた。
彼らは自分たちの身近にある恐ろしい脅威に、今更ながらに気が付いたのだった。
「……危機管理を怠っていた結果だ。 ピクシー、いくぞ」
「ええっ ねえねえ、放っとくの?このままでいいの?」
「ああ、俺達には関係ない事だ」
そう言ってネベルは混乱に陥ったコロニーを立ち去ろうとしたが、去り際に、半袖シャツを着た褐色の老人がネベルを引き留めた。彼は〈サキエル〉の使長だった。
「すみません。待ってください」
「…………あ?」
「あなたは、不可視の獣と呼ばれている傭兵ダイバーですよね」
「ム、俺を知ってたのか」
「はい、お噂は存じています。最強のダイバーだと…………。どうかお願いします。私たちのコロニ―をミュートリアンの脅威から救ってください。あなたなら元凶のモンスターを討伐することも出来るのでしょう」
「ああ……まあな」
使長の言う通り、遺跡に巣くう大型モンスターさえ滅ぼす事ができれば、呪印などもはや関係なくなる。
「でしたら!」
「だが、報酬は用意できるのか? このコロニーにはレリックどころかエナジー瓶も無さそうじゃないか」
コロニー〈サキエル〉はレリックになど頼らなくても暮らしていける豊かな生活環境があり、人々はそれに満足していた。ここの住人たちは魔法や科学に偏らない完全に原始の生活を送っていたのだ。
いくら過ごしやすい気候と豊富な食料があっても、それはネベルの求める物とは違う。エビは対価にはなり得ないのだ。
「それは…………。 い、いつか、必ずお支払いしますっ なのでどうか、助けてください」
「…………うーん……」
使長はネベルに懇願した。だがネベルは悩んでいた。
いつもならこの依頼もすぐに承諾するのだが、リサイクル工場に入る為のゴムスーツの持ち合わせが残り一着しか無かったのだ。貴重なレリックを実質無報酬で失う事は憚られた。
「……使長………悪いがこの依頼、断わ」
「チョっと待ったーーーー!!!」
大声で会話を遮り、駆け足でこっちにやって来たのは暗殺者ロイだ。
「爺さ、オラに任せろ! モンスターを倒せばいいんだろ。あの子はオラが助けてみせる!」
「ほ、本当ですか?! ……しかしアナタは?」
するとネベルは、いきなり話に横から首を突っ込んできたロイに対して多少の怒りをあらわにしながらこう言った。
「おいお前。この使長は今、俺に依頼してるんだぜ。邪魔だ、消えろ。余計な事をするんじゃない」
「ふん、ここの人達は困っているんだろ?てめえみてえな悪党には任せらんねぇ。 安心しろ。ミュートリアンを退治したら、次はてめえの番だかんな」
「あ? オイっ!」
ロイは疾風のごとく去るとコロニーを飛び出した。どうやらまっすぐリサイクル工場へと向かったようだ。
「チッ、俺たちも行くぞ」
荷物をまとめたネベルはピクシーと共にロイを追いかけようとした。暗殺者なんかに仕事を取られるわけにはいかない。
「ええ~? わたしはパス。あんな汚い所はもう近寄りたくないもん。そうだ。ここで待ってるからサ、ネベル一人で頑張ってきて! ファイト……!」
「…………クソっ」
しかたなしに、ネベルは一人でコロニーを飛び出したのだった。
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