第33話 テクニカルフレイム

 ネベルはヒートヘイズの炎の熱をロイの足元に集中させた。

 するとロイの履いていた草履に火がつき、あっという間に燃えて無くなった。


「アチチッ ンアチチッ!」


 さらに彼の足元のビーチの砂まで焼き石のように熱せられていた為、ロイはもはやまっすぐ立つ事もままならなくなり、戦いどころではなくなった。


 一部始終を見ていたピクシーはネベルに冷ややかな視線を送った。


「ええ~、これが賢い戦い方ってわけぇ? なんか姑息ぅ~」


「う、うっせぇ! ……フン、別にいいだろ」


 ―戦いに姑息も卑怯も存在しない。大事なのは勝利という結果なんだ!―


 勝利の為なら策略でも罠でも毒でも魔法でもレリックでも、何でも使えばいい。


 だがしかし、目の前の敵はまだ勝負をあきらめてはいなかった。


 ロイは敗北よりも、一時の火傷の痛みに耐える事を選んだのだ。

 歯を食いしばりながらも熱くなった砂の上でしっかりと踏ん張りを利かせ、再び鎌を投擲しようと構えた。


「まぁーけぇーっルゥーかぁぁッ」


「……決着をつけてやるぜ」


 するとネベルもエクリプスを銃形態に変形させた。

 所詮、奴のは悪あがき。だがこうなればどちらが先に攻撃をHIT出来るかの勝負だ。


 ロイは大鎖鎌を持つ手に力を込めた。


「ンぐぐう…男らしくない奴め。依頼主の魔法使いは兄さを殺されてとても悲しんでた。てめぇみてえぇな悪党は、オラは許しておけねえ!」


 それを聞いたピクシーはロイの一方的な主張に対し、ムカッとして彼にこう言った。


「ハァ~? 何よそれっ 君、間違ってるよ。悪いのはその魔法使いだってば! ロゼ・ベルギウスってのは超悪い黒魔法使いだったから、ネベルが退治したんだよ」


「あん? …………そんなわけねえ! 依頼主のアーバンは兄さを殺されて泣いてたんだ。可哀そうに。あんたの飼い主が悪いに決まっている!」


「ああ、もうっ!バカッ!その黒魔法使い共が極悪人だから倒されたんだってばー! 

……ん?誰が誰の飼い主だってぇー~!?」


 ピクシーは怒って短い腕をブンブンと振り回した。


 SP弾を装填し終えたネベルは、彼女を諫めるようにこう言った。


「うるせぇな。ギャーギャー喚くなよ」


「でもでもぉ~、アイツが分からず屋なんだもん」


「奴は敵だぜ。つまり、勝った方の言い分が正義だ」


 そう言うと、ロイにエクリプスの標準を合わせた。


 ―よし、これなら俺の方が早く撃つ―


 ネベルは引き金に力を込めた…………。



 その直後、〈サキエル〉のビーチで恐ろしい叫び声が聞こえた。


 二人の戦いを見物していたコロニーの少女の腹部に、突如として呪印のような物が浮かび上がる。そしてその呪印は、禍々しい魔素を発しながらじりじりと少女の肌を焼き始めたのだ。


「う゛あぁあ゛ぁああっ」


 少女は苦しそうに声をあげて砂の上をのたうち回った。


 すぐに周りにいた住人たちも異変に気が付き、野次馬たちの歓声は恐怖で塗り替わっていった。



 ネベル達もその異変に気が付いた。二人は死闘を中断すると、騒ぎのあった場所へと駆けつけた。


「何があったんだ!」


「それが、急に倒れて、何がなんだか分からなくて……」


「見せろ」


 少女は既に気を失っているようだ。


 平和で呑気な暮らしをしている〈サキエル〉の住人たちに対し、ネベルはずっとある懸念を抱いていた。

 そして少女の腹部に現れた呪印を見た時、それは確信へと変わった。


「ああ、やっぱりな。悪いが手遅れだ」


「そ、そんな! いったい娘になにが起きたんですか??」


「この呪印はマーキングだ。狂暴で原始的なミュートリアンが使う物だ」


「ええっ!? ミュートリアンですって」


 少女の肌に呪いのように現れたこの呪印は、一部の大型モンスターが用いるマーキング手段の一種だったのだ。

 つまり少女は知らず知らずのうちにモンスターの領域テリトリーに立ち入り、そこで供物としての烙印を押されていた。


「そんな……そんなのあり得ない事です。だってこの辺りは、大型モンスターどころかミュートリアンの一匹も近づかない安全な場所なんですよ」


「君、それ本気で言ってるの?」


 そう言ったのはピクシーだ。彼女は少女の父親の言葉を聞くと、信じられないと言った顔をしていた。


「まさか、あんなにおぞましい物が近くにあるっていうのに、今までそれを知らずに暮らしていたとはな。フ、それ故の平和だったのかもしれないがな」


「ど、どういう事ですかっ 教えてください!」


 するとネベルはこう答えた。


「…………遺跡だよ。このコロニーの近くには旧文明の遺跡があったんだ」


「そ、そうだったんですか……そこにミュートリアンが居るんですね」


「しかもただの遺跡じゃない。通称、リサイクル工場。

かつての墓の塔セメタリ―タワーの維持施設の一つで、タワーから出たあらゆる廃棄物を有用な生成物へと変えていたんだ」


 ネベルがそこまで言うと、ピクシーはやや興奮しながら少女の父親の眼前へと飛んで行った。


「ねえねえ、廃棄物って何のことだか分かる? ウンコよウンコ。本当に信じられないよっ!」

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