第15話 エデンの実

 遺跡から機械の部品などのレリックを回収したネベルは、そこから一番近くにあるコロニー〈アルマロス〉に立ち寄った。

 ネベルは手に入れたレリックを、半分は自分用に武器の改造やメンテナンスのために使い、余った分をコロニーで売りエナジーなどの資金に換えていた。


「ねえねえネベル君。今日の成果はほとんどわたしのおかげだと思うんだ」


「ああ、そうだな……」


「ちがーうッ そこはありがとうじゃないかね」


「…………ピクシーサン。アリガトゴザイマス」


 遺跡の探索で、ピクシーはかなり活躍したといっていいだろう。だがそのせいで一時的にいつもより調子にのっていて、要求が多いと感じた。ネベルはウザイと思った。しかしピクシーのおかげで助かったのも事実なので、ネベルはあまり言い返すことも出来ずにいた。


「うんうん!まあいいわ! それでわたしに対してお礼があってもいいと思うんだけど?」


「チっ 分かったよ。何がのぞみなんだ」


「うんとねー。何か美味しいものが食べたいなぁ! この間のエルフのとこで飲んだ物もまあまあだったけど、あれより少しマイルドでもっと甘いやつ! ねえねえ、このコロニーに名物とかないのー?」


「名物? ああ。だったらとっておきのがあるぜ。……ククッ」


「わーい! 楽しみだな!」


 しかし、ピクシーは実際に見たコロニー〈アルマロス〉の名物料理を見て落胆した。

 食堂で料理を注文して運ばれてきたのは、金属製のプレートに乗っかったカプセル状の錠剤がいくつかと極彩色のぺースト状の謎の物体だった。


「…………ねえ、なにこれ」


「あ? 何って……、お前が欲しかった名物料理だろ」


「こんなのじゃないよ! そもそもこれって、本当に食べ物なの?」


「ああ、俺も子供の頃は毎日たべてたぜ」


 そう言いながらネベルは次々と栄養カプセルを口に放り込んでいた。


「スゴイ勢いで食べるね。もしかして美味しい?」


「いや、美味しくはない」


 ネベルはそう言い切った。


「でも、もう皿からじゃん!」


 確かに栄養カプセルは美味しく無かった。しかしネベルはスプーンで掻っ込むように、次々とカプセルとペーストを食らっていたので、既にプレートの上から名物料理はすべて消えて無くなっていた。


「フン……栄養剤が美味いわけないだろ。これは単純にさっさと食事を済ませる癖がついてるだけさ」


「ふーん、やっぱり変なの!」


「お前も早く食えよ。コツは臭いとか味覚とかを一切考えないようにして一気に頬張る事だぜ」


「ううん。わたし要らなーい」


 ピクシーはとても嫌そうに首を横に振った。結局そのあともピクシーは一口も食べることは無かった。


 大衆食堂から出たあともピクシーはしばらくその事について文句を言っていた。


「もうっなんなの!このコロニー最悪よ!あんなの妖精に出す食事じゃないもん……。フッフッフッ、もしわたしが魔王だったら、真っ先にここを滅ぼすかなぁー」


「フン……ガキだな」


「ガキですぅ。まだ一歳だもん!」


 コロニー〈アルマロス〉は大きな鍾乳洞の中に作られていた。そのせいか、コロニーのメインストリートは少し薄暗くぼんやりしている。

 ネベルはコロニーと同じ半球の建物が並ぶメインストリートを通り、行商人などが泊まることのある宿に向かっていた。


 ちなみにピクシーの声や姿は現在ネベルにしか認識できなかった。なので周りの人間からは、一人言を話しているようにしか見えていなかった。


「ところでさー、なんであんなのが名物なわけ? あんなゴミを食べなくちゃいけないくらい、ここの人って食べるものに困ってるの?」


「いや、むしろ逆かな」


「逆~~?」


 そしてネベルはコロニー〈アルマロス〉について知っていることをピクシーに話した。


 ネベルは以前、他のコロニーでこの〈アルマロス〉で発掘されたあるレリックの噂を耳にしていた。

 そのレリックとは、僅かな材料から人間の活動に必要なすべての食事を際限なく生み出す装置だったのだ。


「もともとは魔合のせいで食料難だった〈アルマロス〉の住人にとっては、そのレリックはとても都合がよかったんだ。食料難が解決されたどころか、一生悩むことがなくなったからな」


「へえーよかったじゃん! んん、もしかして……」


「ああ。そのレリックでつくったのが、さっきの栄養剤ってわけさ」


「げえ゛え! で、でもさ。まったく他の食べ物が無いわけじゃないんでしょ。お肉とか、果物とか」


「簡単に食い物が手に入るんだぜ。わざわざ危険なコロニーの外に出てまで採りに行かないだろうな」


「そぉーかー……でも少し歩けば川も森もあるのに」


 旧文明の遺産のおかげで、多くの人々は魔合という災害による飢餓から命を拾ったことだろう。しかし今目の前にいるコロニーの人々はみなやせ細りどこか無気力さを感じられた。道の隅にいきなり座り込んでいる人も少なくない。


「……俺も、カプセルより肉とかの方が好きかな」


「お、分かってるね!」


「まあカプセルも嫌いじゃないけどな」


「ええー」


 父のシェルターの中でカプセルやインスタントを食べて育ったネベルはそれらの味にも慣れていた。

 しかしネベルが一番好きなのは、豆や葉を潰して作った苦いお茶だ。


 その後しばらく進んでいると、突然ピクシーがコロニーのとある人間を指さしてこう言った。


「うわっ ネベル君、見てよあそこ! あいつ、飛び切りあやしいんですけどー!」


 ピクシーが示した方を見ると、ひどい猫背の黒い雨がっぱを着た行商人とおぼしき人間のまわりに、大勢の住人が集まっていた。人々の目はみな虚ろで、まるでゾンビのように行商人に向かって手を伸ばしている。


「さあさあ、ご覧あれ! このレリックがあればだれもが幸福を手に入れる事が出来ますよ!」


「おお! 欲しい!」


「俺に売ってくれえ!」


 人々は行商人が持つ金属でできた円筒形のレリックに狂ったようにくぎ付けだった。


「はいはい、数はありますよ! 出すもんだした奴からお売りしますよー」


 ネベルは住人たちのレリックに対する異常な執着と見覚えのあるその形から嫌な予感を察知していた。


「ねえねえ、あれってなんか見た事ある気がするんだけど?」


「ああ、〈カマエル〉と同じ偽物のレリックだ。とりあえず止めるぞ」


 ネベルはエクリプスの柄に手をかけると、人の群れに近づいて行った。

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