第7話 不可視の獣

 崩れた結晶の中から救出されたディップは、弟のデルンに肩を借りながら、望と突如現れた謎の男との一連の会話を見ていた。


「兄さん、怪我は大丈夫ですか?」


「ああ……ちょっと折れただけだ」


 危険な遺跡探索を生業とするダイバーにとっては、この程度の負傷は日常茶飯事なのだ。彼は慣れた手つきで、エナジーライフルを折れた足の添え木にしていた。


「それにしてもアイツ凄いですね!何者なんでしょう」


「ちっ……アイツが不可視だよっ」


「え、アレが!」


 デルンは初めて見る噂の人物に驚いた。


「……兄さんよりずっと若いじゃないですか。なのに最強なんですか?」


「ああ、それもムカつくところだ。きっと天才なんだろうな」


 ディップはそう言うと、自分を吹き飛ばしたサンドスケイルと対峙する不可視を睨みつけた。


「オイこら。もっと急げ! あんなところに望ちゃんを置いてけぼりにしやがって……心配だ。早く駆けつけるぞ」


「あ、はい! 分かりました」



 サンドスケイルは何度も食事の邪魔をされて怒りの限界に来ていた。背中の鱗が垂直に逆立っている。


「ククッ サンドスケイルか。久しぶりの大物だぜ」


 不可視は担いでいた大型の刀剣を取りだした。刀剣にはギアやメーターなど、見える範囲だけでも多くのレリックで改造が施されているのが分かった。


「さあ、コッチだ」


 不可視は大型刀剣をとても軽々扱った。そして怒り狂うサンドスケイルに真正面から突撃!と見せかけ、そのまま顔面を駆け上り背中を斬り裂くと、奴の後方へ走り去った。


 顔面を斬られて怒ったサンドスケイルは、不可視の背中を追いかけていく。



 不可視と共にサンドスケイルも去っていったが、ディップはどうしても不可視の戦いぷりを最後まで見届けたくなった。


「追いかけるぞ」


「マジですか?」


「ああ、マジだッ」


 そして三人はヒポテクスにまたがり、不可視とサンドスケイルの後を追いかけた。



 不可視は自分を真っすぐ追いかけて来たサンドスケイルを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。それは彼の計画通りだったからだ。


 不可視はエナジーの瓶を取り出しそれを砕いた。すると中からは、緑光の微精霊たちが漏れ出した。


「灰燼と化せ。ヒートヘイズ」


 不可視が詠唱のような物を行うと、たちまち微精霊たちは炎へと姿を変えた。そして炎はサンドスケイル目掛けて飛び込んでいく。

 業火の洗礼を受け、サンドスケイルは苦しそうに叫び声をあげた。


「あれはッ、まさか魔法??? そんなはずは……魔法はミュートリアンにしか使えない技術。でも確か奴は人間だったはずだぞ……?」


 ディップは目の前の光景に動揺を隠せずにいた。

 人間では決して扱えないハズの神秘の技術―魔法。奴はそれは完璧に使いこなしているようなのだ。


 だがそんな強力な魔法をくらっても、サンドスケイルは未だ闘志を失っていなかった。


「あのモンスター、すごいタフ…………」


「兄さん、やっぱり逃げた方がいいんじゃないですか?」


「いや待て、まだ何かする気だぞ」


 自慢の魔法を放っても倒れないサンドスケイルを見て、不可視の獣はさらなる秘策を切り出す。


 大型刀剣の機械をガチャガチャといじり剣の形を変形させると、出来た溝に謎のカートリッジを装着させる。そして再びギアを回して元の形へ戻した。


「これで決めるぜ」


 不可視は刀剣を構える。


 サンドスケイルも力を振り絞り、体をまるでドリルのような勢いで回転させながら突進する大技を繰り出した。巻き起こった砂煙で一瞬辺りが何も見えなくなる程だ。


 だが猛烈な突進にもひるむ事無く、不可視は腕を前に突き出し再び業火の魔法を放った。


「ヒートヘイズ!」


 炎の勢いで回転が少しだけ弱まった。その隙を逃さず、不可視は鱗の隙間に剣を突き刺す。そして大型刀剣の機械を素早く操作した。


「雷轟破車。お前の鎧を砕く」


 小さな破裂音と共に、剣の先からカートリッジの中身がサンドスケイルの表皮の隙間に注入された。


 ……その時に、ディップの嗅覚は嗅ぎ覚えのある異臭を察知していた。


「この匂いは! みんな伏せろ!爆弾だ!」


 不可視は鋼の鱗から刀剣を抜き放つと、急いでサンドスケイルの背中から飛び降りた。



 次の瞬間、サンドスケイルは背中から大爆発をおこした。


 爆発の近くにいた三人は、吹き飛ばされそうなほどの爆風と爆音に巻き込まれた。


「あんのッ 馬鹿やろう! どれだけ火薬をつかったんだッ  くぅ、勿体無いねええーー!」


「兄さんーー! 今はそんな事を気にしてる場合じゃないですぅ!」


 火薬もこの時代はレリックとして貴重な物であった。ただ、ここまでの破壊力だったのは、不可視がエナジーと火薬の混合爆薬を作っていたからだった。


 当然、爆発をもろに喰らってサンドスケイルは絶命していた。


 不可視はあの爆発でも平然とした様子で、すでにサンドスケイルの鱗を一枚一枚はがして回収し始めていた。


 そこに望が近づいていった。


「あの…………助けてくれてありがとう」


「ああ…………」


 不可視は実に淡泊とした返事を返した。それきり会話はない。戦闘中の饒舌ぶりが嘘のようだ。その様子を見て、ディップは不可視にこう言った。


「オイこら。ネベル・ウェーバー!」


「ッ!!!」


 本当の名前を呼ばれて、それまで顔も見向きもしなかった不可視がようやくこちらを注目した。続けてディップはこう言った。


「お前、なに巻き込んでんだよっ あんな爆発起こしやがって! もう少しでコッチまで死ぬところだったんだぞ」


「フン…………」


「ハッ いきなりだんまりか。 お前、戦う前に宴がなんだとか言ってたが、お前みたいなボッチは本当は宴なんかしたことないだろ」


「…………あ? 何だお前」


「…宴、しないか? 俺が招待してやるよ」


 いきなり喧嘩腰で話しかけだした兄をいつ止めようかとソワソワしていたデルンは、ディップの思いがけない言葉に驚いた。あんなに不可視を嫌っていた兄が宴に招待するなどあり得なかったからだ。


「どうしたんですか兄さん」


「俺はたしかにコイツが嫌いだ。だがな、命を救ってもらった恩ができた。貸した借りはちゃんと返すのが俺のポリシーだ」


 ディップは不可視にニコッとなるべくフレンドリーに微笑みかけてみせた。だがネベルはその誘いをあまり嬉しく思っていなかった。


「いらない……。俺には関係ないから」


「そんなこと言うなよぉー 俺が奢るっていうんだぜ?ありがたく来いって! そうだ!うちのコロニーには可愛ちい女の子がいるんだ。キャンディっていうんだけど……」


「兄さん、キャンディはダメですっ」


「そ、そうか? 困ったなぁ。あ、そうだ!望ちゃんも来るよね!」


「えっ? あー、私もいいんですか?」


「やった! ほら、こんな可愛ちい子が来る宴だぜ。だから来いよ! な、な、な?」


 そこまでアピールしても、ネベルは首を縦に振らなかった。


 しかし、どうやら彼は悩んでいるようだった。口をとざしたままじっと何かを考え込んでいる。三人はネベルの返答を待ち続けた。



「……………………豆」


「は? なんだって?」


「豆はあるか? この辺りだと白鉈小豆っていうのが美味いって聞いたんだけど」


 話を聞くとそれはお茶を作る為の豆だった。豆から作ったお茶が彼の好物なのだ。それを聞くとディップは思わずふきだした。


「ぶはははっ まめ! あの不可視の獣が豆あつめかッ」


「ム。なんだよ。文句あるのか」


「ぶはははっ いやいや、悪かった。あんまり予想外だったものでな。分かったよ飛び切り上等な豆を用意しておく」


「本当か!」


 それを聞くとネベルは目を輝かせた。


「お、おう。もちろんだ。なんだ、あんがい歳相応な所もあるんだな」


「……フンッ…………」


「同じ人間どうし助け合いが大事だ。協力していこうぜ」


 ディップはネベルに握手を求め手を差し出した。


 ネベルは横目でちらりと見たあと、嫌々とだがその手を掴んでいた。



 立ちはだかったサンドスケイルを倒し、彼らには再び一時の平穏が訪れたかに見えた。

 

 しかし、その様子を遠くから観察する者がいた。その姿は人間から見れば異形であり、一目見てミュートリアンだと分かった。

 その者は姿を消すと、気づかれないように彼らの後からこっそりとついて行ったのだった。

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