第3話 犠牲の果てに
〈ダイバーシティ〉は、他のコロニーとタイプが違っていた。
普通のコロニーは、魔界のモンスターから命や財産を守るために作られた自衛のための居住空間である。
それに対し〈ダイバーシティ〉は、ダイバー達がより価値の高いレリックを多く探し求めるという互いの利益の一致の元に成り立つコロニーなのだ。
そのせいか、コロニーのメインストリートを行く人々は、血の気の多い大男が大半を占めているようだ。頻繁に殴り合いの音と豪快な笑い声が轟いていた。
望はそんな初めて見る光景にドキドキしながらも、前を往くディップから離れないように後をついて行った。
やがて色びやかでどこか怪しげな店が立ち並ぶポイントに着くと、ディップはその中の一つの店の前で立ち止まった。
建物は汚く積み上げられたレンガの隙間を、雑に粘土で誤魔化しているような欠陥建であった。だが正面に限り見栄えが良くなるよう木材で装飾されていた。
「さあ、着いたぜ! ここは俺の行きつけの店なんだ。つっても、〈ダイバーシティ〉でまともに飲み食いできる場所がここしかないんだけどな」
「あはは……、そうなんですか」
「さて、アイツらは居るかな」
ディップは先にスイングドアをくぐり抜け、酒場の中へと入っていった。
望も後を追ってスイングドアを開く。だがその時、彼女は運悪く同じタイミングで店から出て来た客とブツかってしまった。
「きゃっ」
相手は望と同じくらいの年の青年だった。背中にはとても大きな武器を持っていた。重量負けした望はその場でしりもちをついて転んでしまう。
青年は武器を持っていた事から、おそらくディップと同じダイバーなのだろう。だが彼とは違い親切では無く、転んだ望を一切きづかう事なくそのまま立ち去ってしまった。
望は男の心無い態度に嫌悪感を抱いたが、それがこの混沌の時代に生きる普通の人間の心理なのだと思いだした。むしろ、ディップのように他人に親切な人間は珍しいのだ。
そうして望は気を引き締めると、酒場の中へと入っていった。
酒場といってもこの世紀末にまともな酒なんて物は存在しない。なので基本的には仲間と団欒し、BARのような雰囲気を楽しむ場所であった。
一応は魔界の果物で作った果実酒などもあったりするが、まだ人が飲める程度のクオリティには仕上がっていない。
なので、まれに旧文明の遺跡からレリックとしてワインなどの上等酒が発見された際には、高値で取引されるかコロニーをあげてのお祭りさわぎとなるのだ。
そして上等酒と同じくらいダイバー達を興奮させるものが在り、それが目の保養になる美女の存在だった。
「オイこら馬鹿野郎ども! すんげえ可愛ちい女連れて来たぞぉ!」
ディップは酒場に入るや否や、開口一番そう言った。
近くのテーブルでポーカーをしていたスリムな体型の男は、それを聞くと呆れた顔でディップにこう言った。
「はあー兄さん、またですか? 仕立て屋のキャンディにもそう言ってたじゃないですか。第一、そんな滅多に美女なんて物は存在しないんですよ…………って、えええ!? す、すんげええ美女じゃないすか!」
「え、マジ? どっひゃーーー! ままま、マジじゃねーかよッ」
テーブルでポーカーをしていた二人はあわてて立ち上がった。
騒ぎを聞きつけて酒場にいた男たちも、みんなディップと望の元に集まって来た。
そして男たちの視線は自然と望へと集まっていき、皆それぞれが可愛ちい可愛ちいとまるで餌を求める小鳥のように口ずさみ始めた。
酒場の男たちに可愛ちいと言われ続けている内に、望は恥ずかしさのあまりに顔が真っ赤になってしまった。
おかしな事に、見慣れない女の子の赤面を見たダイバー達は望の体調を心配し始めた。
「おい、どうしたんだ? こんなに赤くなって熱でもあるのか」
「ううん、違うの。 ただ、今まで男の人に可愛いなんて言われた事なかったから、恥ずかしくなっちゃいました………ごめんなさい」
「そ、そうなのか…………だったらいいんだ。うん……」
望のあまりに無垢な反応に、その場にいた男たちは激しく動揺した。
「おしとやかだ!」
「か、可愛ちい……」
「キャンディと反応が真逆だぞ。この初々しさ、これが本当の女の子だ!」
酒場中から彼女の可憐さを称賛する声がぼそりぼそりと聞こえた。
すると、先ほどディップを兄と呼んでいた男がこう言ってきた。彼はディップの弟で、二人はコロニーでも古参のダイバーだった。
「兄さん、こんな可愛い子とどこで会ったんですか?」
「ああデルン。そう言えば望ちゃんは、他のコロニーから来たらしいぜ」
「え、他のコロニー?! 本当ですかっ」
ディップの話を聞くと、その場にいたダイバー達は驚き、急に静まり返った。
他のコロニーとは多少の交流はあったものの、多くは敵対関係であることが多かった。
「他のコロニーの人間だって? まさかレッドハウンズの奴らじゃないだろうな。お、俺はあそこの奴らに友達を殺されたばかりなんだッ」
そこにいたダイバーの内の一人が怒りに声を震わせながら怒号を発する。
だが、望は冷静に彼の言葉を否定した。
「……違います。私はそのコロニーの人間ではありません」
しかし勇気を振り絞った彼女の手は小刻みに震えていた。見かねたディップは、そのダイバーにこう言った。
「オイこら、忘れたのか? レッドハウンズの奴らは髪の毛をみんなアホみたいに真っ赤に染めて、青い瞳を持った奴らの集まりだっただろうが。望ちゃんは全然違う。何でもかんでも疑うんじゃないぜ」
「す、すみません……望ちゃーん、ごめーんっ」
仲間を失い気の立っていたダイバーは勘違いを認め、望に対し頭を下げた。
「しかしそうだな。俺もたまに他のコロニーに出向くことはあるけど、黒髪黒目の人間なんて見た事がないぞ。望ちゃんはいったいどこから来たんだ?」
ディップがそう聞くと望はこう答えた。
「
「え?ジャパン? 聞いたことがないな。 おいデルン。ジャパンって聞いたことがあるか?」
ダイバー達の中で一番物知りだと知られている弟のデルンはこう答えた。
「うーん。たしか旧文明の地名にそんな名前があった気がするけど……。でもおかしいよ。ジャパンっていったら西大陸で、ここからかなり遠いハズですよ。一日二日じゃたどり着けない距離だ」
「うーん…………。望ちゃん、このダイバーシティには一人で来たのか? 他に仲間は」
「……居ました。でもみんな、私をかばって…………」
「そうか…………すまん、悪いことを聞いた」
「いえ…………」
そこまで話を聞いたディップは、その場に集まっていたダイバー達にこう呼びかけた。
「みんな! どうやら望ちゃんは大事な話があるみたいだ。たぶんこのままじゃ話しづらいだろう。悪いけど俺とデルン以外はさっさと消えてくれ!」
「ええっ! そりゃないぜ」
「もっと望ちゃんとおしゃべりしたいよー」
「うっせー! 早く帰りやがれ!」
「うわうわっ 分かったよ……!」
ディップはダイバー達の尻を蹴って周り、一人のこらず酒場から追い出した。
そして人払いが済むと、ディップとデルンは望をさっきまでポーカーをしていたテーブルに座らせた。
「あの、色々ありがとうございます」
「だから気にすんなって。同じ人間どうし当たり前だぜ」
「ハハッ これ兄さんの口癖なんですよ」
「オイこら。茶化すんじゃねーよ」
そう言いながらディップはデルンを軽くどついた。望の目には兄弟二人がとても仲よさそうに見えた。
「あの、本当にありがとう。なんて言ったらいいか」
「…………ジャパンがどこにあるのかは分からないが、モンスターが彷徨う外の世界を長距離移動する事が命がけだって事は分かってるつもりだ。そこまでしてこのコロニーやってきた。並々ならない理由があるのは容易に解ったよ。どうだ?何かあるなら話してみろよ」
「……………………はい、実は」
望は沈黙のあと、ディップ達に胸の内を明かした。
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