2024年3月30日 創作歴を振り返る 前編
せっかく新たなるスタートを踏み出したことだし、自己紹介も兼ねて、己の創作歴というものを振り返ってみようと思う。
要は壮絶な自分語りである。
王朝を転覆させる未来を予見させるような変な生まれをしたワケでも、齢16にして世紀の大発見をしたワケでもない。
ただの凡人の昔話にはなってしまうのだが、それでもよければ下にスクロールしてほしい。
人生で初めて小説を書いたのは、確か小学4年生の頃だったと思う。
自らの意思でやろうと思ったのではない。
国語の授業で、与えられた設定と登場人物を使って小説を書いてみましょうという課題があったのだ。
クラスメイトが周りの顔色伺いながら悪戦苦闘している中、元々本を読むのが好きだった私は、すらすらと手を動かすことができた。
というか、考えずとも手が動いた。
脳内で勝手に物語が生み出され続けていたのだ。
無論、小学生が思いつく程度の物語などたかが知れている。
今ではその内容すらもうろ覚えだが、「物語を書く」という行為そのものが、私にとって、大変に刺激的なものであったことは覚えている。
私は溢れ出るストーリーを忘れてしまわぬよう、必死で手を動かし続けた。自分以外に読めないくらい汚い文字で、手が真っ黒になるのも厭わず書き続けた。
結果、私は誰よりも早く、そして誰よりも長い作品を書き上げた。別にそれで評価されたりすることはなかったものの、私は一人、確かな満足を感じていた。
これが私にとって原初の創作体験である。
次に『作品』を書いたのは翌年の小学5年生の頃だ。
夏休みの課題かなにかで、道徳の作文があった。
「道徳を感じた自分の体験を交えて作文を書け」という、なんともかったりぃ宿題である。
私はそこで、完全に嘘のエピソードをでっちあげて一本仕上げた。
するとなんということであろう、学内の優秀賞に選ばれてしまって、県のコンクールに出展するというではないか。
弁明しておきたいのだが、私は決して、「面倒だから適当にやろう」とか、「あわよくば表彰されるようなものを仕上げてやろう」などという邪な考えを抱いていたワケではなかった。
私はただ、「頑張って良い作文を書き上げよう」とだけ考えていた。
そして私は、「優れた道徳の作文というものは、それを読んだ人々に道徳心を抱かせるようなものだ」と本気で考えており、そこにエピソードの真偽など関係ないと思っていたのである。
だから当然、自分以外も嘘のエピソードを書くものだと思っていたし、罪悪感なんてものは全く抱いていなかった。
当時の私は純真だった。
純真だったが、まっすぐすぎるあまり世界を滅ぼしてしまうラスボスみたいな思考回路をしていた。
自分の思考がズレていると気づいたのは、学内表彰を受ける前に、作文の添削がてら、先生にエピソードの細部について質問を受けた時だった。
「道で困ってるお婆さんを助けたのって、夏休み中だった?」
「え。いや、それ思いついた話なんで、私自身は体験してないんですけど」
そこから先の記憶はない。
覚えているのは、私の作文がコンクール出展中止となった事実だけである。
モラルに色々と反しているエピソードではあるものの、私はこの時、『嘘を書いて評価されることってあるんだ』と一種の成功体験を得た。得てしまった。
もしもタイムスリップして私を作家の道から遠ざけようとするならば、実に簡単だ。
この時の私に、『嘘を書くんじゃない!』と怒鳴るだけで済む。
私の創作歴は、そんな甘く苦い思い出の後、時間をひといきに飛んで中学3年生の頃へと移る。
中学生になった私は相変わらず本を読み続けてはいたものの、創作活動に励むことはなかった。
小5の事件がトラウマになって筆を折ったのではなく、ただ、そんな暇がなかっただけだ。
陸上部で日夜汗を流し、ほどほどに勉強し、友人たちとそれなりに遊んでいるうちに季節は移ろいでいった。
私が再び小説を書こうと思い至ったのは、ある作品に感銘を受けたからである。
それが、森見登美彦先生の『四畳半神話大系』であった。
有名な作品で、今でも書店で積まれているから、ご存知の方も多いだろう。
読んでない? それは大変けしからん。とても面白いので、今すぐ買って読むべし。
『四畳半神話大系』をはじめとする初期の森見登美彦先生の作品は、軽快で冗長でユーモラスな文体が特徴である。
私は初めてそれを読んだ時、衝撃を受けた。
今まで「面白い」と思う作品はいくつか読んできたものの、文体で「面白い」と思ったのは初めての経験だったからだ。
率直に言って、私は森見先生に憧れた。
作品のクオリティはもちろんのこと、文章自体も面白いと言われるような、そんな作家になりたいと思った。
しかし、森見先生のような一般文芸は人生経験と知識の浅い自分には難しい。
『バカとテストと召喚獣』も大好きだし、書くならライトノベルにしよう。
中学3年生の私は、そんな決意を胸に宿し、春休みの間に一本のライトノベル作品を書き上げた。
タイトルを、『最低野郎の願望実現奮闘記』という。
「クソつまんなさそう」と思うだろう?
実際、今読み返すとクッッッソつまんなかった。
ひねくれた高校生が高校入学を機に、自らの野望をドンドコ叶えてたくさんのヒロインとイチャコラするという、もう、書いているだけで赤面してしまうような作品である。
今読み返すと、登場人物は多すぎるし、オリジナリティはないし、盛り上がりに欠ける展開だし、所々に思春期特有の性欲の強さが垣間見えて気持ち悪いしで、およそ褒めるべきところのない作品であった。
しかし、当時の私は「良いものが書けたぞ」と息巻いていた。
締切ギリギリまで推敲に推敲を重ね、どこかのライトノベル新人賞に応募したが、無論、一次選考で落選した。
結果だけ見れば、思春期のオタクにありがちな残念な思い出そのものであろう。
だが、当時の私は、一次選考の結果を見ても、落胆したり、羞恥心を抱いたり、筆を折ろうとなどは一切考えなかった。
己の作品のクオリティの低さには、一次選考後に改めて読み返したところで気づいてはいた。
だが、己の筆力不足に対する恥よりも、「自分は十万文字以上の長編小説を書き上げたんだ」という自信のほうが勝った。
それに、誤差レベルだが、前半よりも後半のほうが文章は巧くなっていた。
これならば、書き続けていくうちに、本当にいつかは入賞するんじゃなかろうか。
そんな期待を胸に抱き、私は高校生になった。
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