第6話
「イサナ、怪我はないかい?」
イサナは倉庫を出ると、ジントと親衛隊に護衛されながら城へやってきた。今は国王の部屋で、国王と対峙している。ジントは部屋の外で待っているが、おそらく耳をそばだてて聞いていることだろう。
国王はこんなことがあったというのに、穏やかに微笑んでいる。そのことに、イサナは猛烈に腹が立った。
「怪我とかの問題じゃありません。生命の危機を感じました。しかも、関係ない人も多く巻き込まれて……どういうことなのか、ちゃんと説明してください」
イサナは拝礼の姿勢を取ることもなく、国王に詰め寄った。
「悪かったよ。私の配慮が足りなかったようだ」
国王は小さく頭を下げ、そして続けた。
「聖礼祭で次の国王をイサナ、お前に譲ると発表するつもりだったんだ。ただ、どこで情報が漏れるか分からないから、ジントに聖礼祭までの護衛を頼んだんだよ。権力争いに明け暮れている者達に、先手を打たれて暗殺されてしまう可能性があったからね。反対に発表さえしてしまえば、しばらくは安全になる。彼らも、下手に動けば自分の首を絞めることになるから、大人しくせざるを得ない。だけど、ジントが護衛しやすいようにと小細工したせいで、かえって目を付けられてしまったようだ。まったく、自分の浅はかさが嫌になるよ」
国王は、大げさにため息をついた。
「本当にそう思っているんですか?」
「おや? 何か引っかかるのかい?」
「心から悔やんでいるようには見えません」
「意外と鋭いんだね、お前は。そうだな、悔やんでいる気持ちもあるが、暗躍する奴らのしっぽがつかめたから、結果的には良かったとも思っている」
「もし、あと少しジントが駆けつけるのが遅かったら、みんな殺されていたんですよ?」
城へ来る途中に聞いた話では、ジントが親衛隊を連れて倉庫へ向かっている途中、怪しい集団に遭遇したらしい。その集団は、国王の親衛隊だとすぐに気付き取り囲んできたが、親衛隊は難なく倒したということだ。ただ、そのおかげで倉庫に着くのが少々遅くなってしまったと言っていた。
「そうだね、もう少し遅かったら全員死んでいただろう。あのとき、すでにすさまじいほどの雷雨が降っていたそうだから」
「雷雨? 何の話ですか。僕はリーナが手配した集団のことを言ってるんです」
「……そうか。いや、悪かった。そうだな、あの集団のことなんだが、『雲居の鷹』に属する一派だったよ。雲居の鷹を今動かせるのは、分家のポー・ドレンテ一族。つまりダリア姫やジャルヌの一族なんだが……そうなるとリーナという女性が手配したのか、ダリア姫が手配したのか、難しいところなんだ。真相を聞こうにも、ダリア姫もリーナもまだ口を開こうとしないからね」
雲居の鷹とは、正規軍や親衛隊とは別の、王家を守る集団だ。大まかにいうと、正規軍が出来ない影の仕事を請け負っているという噂で、昔から分家の一族が統率しているらしい。イサナも詳しくは知らず、謎に包まれた集団だ。
「しかし、ダリアさんである可能性はほとんどないと思います。ダリアさんの狙いは弟であるジャルヌだけでしたから。しかも、命まで取るつもりはなかったみたいですし。……それに、ちょっと失礼な物言いですが、あのダリアさんに雲居の鷹を直接動かせる力があったのでしょうか」
イサナの言葉に、国王は少し笑った。
「そうだね。私も同じように思うよ。確証はないが、おそらくリーナが動かしたのだろう。ポー・ドレンテの一族はね、兄弟仲が非常に悪いんだ。ダリア姫やジャルヌの父親であるソルジェと、その兄のサルジェは何かにつけて反発しあっているから。兄であるサルジェにしてみたら、弟のソルジェが権力を握ろうとしているのは気に喰わないだろうからね。きっとそのあたりの背景を上手く使ったのだろう」
「……そう、ですか」
イサナは小さく答える。くだらない、そう思っていた。権力というものに執着する奴らが、身勝手で、醜悪で、残酷で、この世のゴミとしか思えなかった。
「イサナ、表情に出ている。そんなに嫌悪感をあからさまに出すもんじゃない。普段ヘラヘラ笑っているくせに、リミットを超えるとダメなようだね。それでは、ゆくゆくは自分の身を滅ぼすことにつながるよ? お前には王を継いでもらいたいんだ。負の感情はすべて飲み込んで、笑顔で隠すことも覚えないと、いらぬ反感を買ってしまう」
ハッとして、イサナは国王を見た。国王は穏やかに笑っている。もしかしてこの笑顔の下は、イサナと同じような感情が隠れているのだろうか。
「僕は……もしかしたら、国王を誤解していたかもしれません」
「別にかまわないよ。誤解されていてもいいんだ。ただ、私が本心からお前を後継者にと思っていることだけは、信じてほしい。いま、王位継承権のある人物は十八名いて、ジャルヌのような分家も含めると五十名を超える。だが、その中で私はお前がふさわしいと思った。だから、周囲に反対されようともお前を後継者に指名したい」
微笑に包まれていて、国王の本当の気持ちはよく見えない。でも、国王はまっすぐにイサナを見ていた。
「何故、僕なんですか? 僕の母は身分が低いし、そもそも城に住むのを許されず、追い出された。身分があって、ちゃんとした後ろ盾のある人がたくさんいるのに、どうしてですか」
「じゃあお前は、頭が空っぽで何も考えない王や、権力闘争に日々あけくれるような王でいいのかい? そんな人物が自分の住む国の頂点で、安心して暮らせるのかい?」
国王に痛いところを指摘された。イサナは、一瞬返答に詰まる。
「それは……そうですが、でも僕よりふさわしい人がいると思います。それこそ、本人は嫌がるだろうけど、ジントは王に向いていると思います。ジントが王になったら、いろんなことを変えることが出来ると思う」
「そうだね。ジントは、統治者の素質を持っていると思うよ」
「でしょう? ならジントを――――」
イサナの言葉を途中で遮り、国王が言い放った。
「だが、私はお前に譲りたい」
「な……」
「ジントには、宰相として国王の横にいてもらいたい。しかし、あくまで国王はお前だ」
「どうしてですか。僕には……全然分からないです」
「お前には、王として必要な能力があるからだ。それに、お前は出自をとやかく言うが、それは弱みではないと私は思う。城を出て暮らしている分、庶民の気持ちも分かるし、何より、城の中のしがらみが殆どない。それは、お前の強みにはならないかい?」
イサナは、答えられなかった。
「あと、これは直接の理由ではないんだが、お前の母親であるティアナ・リールという存在もある。いつも元気で明るい彼女のことが大好きだったんだ。あ、もちろん、人として魅力的だ、という意味だよ。彼女は私の愛した女性ととても仲が良くてね、親友だったんだよ。だから、彼女の息子であるお前のことは、ずっと気になっていたんだ。だが立場上、表立って何もできなくてね。それにしても、やはり彼女の息子だけあって、お前は優しいし、懐が広くて、我慢強い。気難しいジントがなつくのも納得だ」
イサナはいきなり母の話題を持ち出され動揺した。しかし、深く一呼吸して心を落ち着かせると、国王の方を向いてしっかりと言った。
「どんなにおだてられても、気持ちは変わりません。僕は、国王に興味はないし、国王になる力があるとも思いませんし、そもそも国王になんかなりたくないんです。時間の無駄になりますから、他の人物をあたってください」
イサナは言い切った後、深々と一礼をした。国王は何も言わなかったので、イサナは部屋を出ようと扉の方へ歩き出す。そして、扉のノブに手をかけたとき、声がかかった。
「分かった。今日のところは、もういい。疲れているだろうから、帰って、ゆっくり休んでくれてかまわない。ただね、後継者の話は、もう少し考えてみてくれ」
イサナは振り返ることなく、国王の言葉を聞き終えると部屋を出た。
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