第4話

「それで、あの侍女は先生のところか?」

「いたのは一晩だけ。今は学生寮で、食堂のおばちゃんの手伝いしてるよ」

「はぁ? てことは、イサナと同じとこに住んでるのか? 羨ましい奴だ」

「そんなことないよ? 忙しそうに働いてるから、ほとんど話してないし。名前がリーナってことぐらいしか知らない。城でのことも、思い出したくないかなって思うと聞けないし」

「いや、お前がじゃなくてだな……まぁいい」

 三日後、再びイサナはジントと街を歩いていた。城内にいると、ジントのストレスがたまりにたまって爆発する気がしたのだ。いつもだったら軽く暴れて発散していたところ、イサナがいるおかげでそれが出来ないからだ。

 商店街が近付くにつれ、人通りも多くなってきた。聖礼祭の活気を見込んで、普段よりも異国の行商人が多いようだ。真華帝国はもちろんのこと、帝国の傘下に属するフィルドレンテ公国のような小国からの来た人も行き交っている。

 籠から逃げたのか、大きな饅頭のような形のアメフクラガエルが横切っていった。それを追いかけて、見慣れぬ服を着た金髪の若者が走っていく。他にも、尻尾が二本ある猫や、ただひたすら毛並みがもふもふしていて実際の形が不明な謎の動物など、見ているだけで旅行気分だ。

「それにしてもさ、城の中って本当に陰湿だよね。言いたい事があるならはっきり言ってくれればいいのに」

 イサナはつい愚痴をこぼしてしまう。

「だろ?」

 ジントは賛同を得たりと、嬉しそうにしている。

「だからって、誰にでも睨みを利かせて突っかかってくのは良くないよ」

 イサナはすぐに釘を刺した。

「仕方ないだろ。ムカつくんだから」

 ジントが拗ねてそっぽを向く。その時だった。

「あの異国人、すごくかっこいいよ。ほら、あの人、髪が黒い人。あそこまで真っ黒なの見たことがない。どこの国の人かしら」

 どこからか、声がした。どうやら斜め前の定食屋から出てきた男女二人の、女性の方のようだ。恋人同士なのか、手をつないでいる。

「どれどれ? 別にそんなかっこよくねえよ。髪が黒いから目立つだけだろ」

「そんなことないよぉ。ほら、見れば見るほど、素敵。何か異国の香りって感じ」

「珍しいだけだろ。あ、でも、瞳まで黒い。どこの国だろうな。髪だけじゃなく目まで真っ黒なんて珍しいし」

 じろじろと、二人組みから値踏みするように見られ、ジントの眉間に皺が寄っていく。

「ちょっと、何かこっち睨んでない?」

「うわ、柄悪いな。きっと聞いたことない、文明が発達してない未開の国から来たに違いないぜ」

「そうなのかも。背も大きいし、狩猟民族かしら。何か野蛮で怖いわ。一緒にいる子は平気なのかしら」

 イサナは隣のジントを慌てて見上げた。すると案の定、ジントはその二人の方向へ一歩を踏み出していた。イサナはとっさにジントの腕を掴む。

「こら、落ち着いて。あんなのほっとけばいいんだってば」

 しかし、ジントは威嚇の姿勢をやめない。すると二人組みは危険な雰囲気を感じ取ったのか、そそくさと逃げていった。

「イサナ、あいつらには悪意があった。何もしていないのに、何で悪意を向けられなければならないんだ。それに、あいつらは俺だけでなく、一緒にいるお前のこともさげすんだ目で見ていた」

「えぇ? そうかな?」

「そうだ。鈍感すぎるぞ。変な異国人と一緒にいるなんて、変な奴に違いないって」

「飛躍しすぎじゃない? ちょっと妄想入ってない? 大丈夫?」

「……お前の方が大丈夫か? 温厚すぎるのもどうかと思うぞ」

「ジントは反対に、荒ぶりすぎだよ。見た目はどうしようもないにしろ、常に周囲を威嚇しながら歩いているから、今みたいに絡まれるんだよ。もうちょっと柔らかい態度に改める努力をしたほうがいいと思うよ」

「面倒くさい。それに、もっとも改めるべきはお前の甘いものへの偏食と、ノアに対する執着と、妹への妄執、そして無鉄砲な飛び出しの速さだと思うが」

 真面目な顔をしてジントが言う。

「うるさいなぁ。味覚の好き嫌いは仕方ないだろ。それにノアに夢中な奴なんて山ほどいるし。あと、妹が大事で何が悪いんだよ。まったく、僕のことは放っといて」

 イサナはジントの視線から逃れるように、横を向いた。視線を思わず避けたのは、実際は少々痛いところを突かれていたからだ。すると、視線を避けた先に、何やら気になる少年を見つけた。きょろきょろと周囲を見渡し、泣きそうな顔をしたジャルヌらしき少年がいたのだ。

「ジント見て! あれもしかしたら――――」

 イサナは気になって少年のほうへ走り出す。

「は? だから、いきなりどこへ行く?」

 ジントが後方で何か言っているが、早く行かないと人ごみにまぎれて見失ってしまう。もしあの少年がジャルヌだとしたら、どう考えてもおかしい。通常であれば、王族の子息は一人で街などに来るはずがない。イサナやジントが特殊なのだ。だから、勝手に屋敷を抜け出して迷子になったか、何か事件が起こって一人きりで彷徨っているのか、どちらにしろ、本当にジャルヌだとしたら大変だ。確かめなくてはならない。

 イサナは人を掻き分け、見失いそうになる小さな頭を必死に追いかける。

「ジャルヌ!」

 やっと手の届く位置まで近づき、少年の肩をポンとたたく。すると、そばかすが印象的な素朴な少年が振り返った。

「あれ……違うぞ? おかしいな、見間違い? ご、ごめんね」

 怪訝な顔で見返され、イサナは慌てて謝る。

 しかし、間違えた少年とは違う、ジャルヌっぽい少年が確かにいたのだ。育ちのよさを感じさせるあの少年が。イサナは見つからないもどかしさに走り出す。走りながらジャルヌの名前を呼んで探した。しかし見つからない。息が切れて、仕方なくイサナは立ち止まる。その時、服を軽く引っ張られた。

「お兄ちゃん、僕を探してるくせに逃げないでよ」

 半べそかきながら、ジャルヌが見上げていた。イサナ同様、息を切らしている。

「ジャルヌ? やっぱりジャルヌだったんだね。よかった見つかって」

「全然良くないよぉ。迷子になってどうしようって思ってたら、僕を呼ぶ声がして、助かったと思ったのに、僕を追い越して、どんどん走ってっちゃうんだもん。酷いよぉ」

 ジャルヌは本格的に泣き出した。相当心細かったのだろう。イサナは涙が収まるまで、しばらく待った。

 そして、落ち着いたころを見計らい、イサナは口を開いた。ジャルヌのような身なりの良い少年が一人でいたら本当に危険だ。基本的に街の住人は親切な人ばかりだが、中には柄の悪い奴らもいる。誘拐されて身代金を取られたり、下手をすれば怪しいところに売り飛ばされたり、単純に金持ちへの八つ当たりで殴られたりと、危険がいっぱいなのだ。ちゃんと言って聞かせなければとイサナは思っていた。

「ジャルヌ、街へ何しに来たかは一目瞭然なわけだけど、勝手に出てきたのかな?」

 彼の腕には、しっかりとノアが抱えられている。

「……ごめんなさい。でも、お兄ちゃんの言った通りに帆を変えたら、ちゃんとまっすぐ進むようになって、それがすごく嬉しくて、そしたら他の人と一緒に走らせてみたくなって、だから、街の人が集まるっていう西湖に行こうと思ったの」

 自分のアドバイスのせいで、街に出てきたと知り、諭そうとしていたイサナの勢いが一気にしぼむ。

「そうか……ちゃんと進むように、なったんだ」

「そうなの! お兄ちゃんすごいね。僕尊敬しちゃうよ。そうだ、レースとか出たことある?」

 ジャルヌはひまわりが咲いたような笑顔で話し始めた。つられてイサナも得意げにノアの話をし始める。

「あるよ。地区大会を突破したことだってあるんだ」

「すごいすごい! ねぇ師匠って呼んでもいい?」

「何かこそばゆいなぁ」

「そんなことないよ。師匠のノアってどんなの? 見てみたい」

「今日は持ってないんだよ。ごめんね」

「そっかぁ。師匠はお城にいつもいるの? また会える?」

「いつもはいないんだ。でもまたいつか会えるさ。ジャルヌは知らないだろうけど、僕たち一応親戚なんだよ?」

「そうなの? でも次いつ会えるかは、分からないんだよね……」

 ジャルヌは見て取れるほどに肩を落とした。

 イサナは考えた。本当はすぐに屋敷へ送って行った方がいい。きっと、大騒ぎで探しているはずだ。でも、この少年は窮屈な屋敷暮らしをしているのだろう。前に見たノアの様子だと、一緒にノアで遊んでくれる友人もいないに違いない。完全に独りよがりなノアだった。このまま屋敷へ返せば、叱られ(これは当然だが)ますます自由のきかない生活を強いられるかもしれない。

「ジャルヌ、ノアを見せてごらん」

 イサナはジャルヌのノアを手に取る。なるほど、前よりも帆幅が狭くなり、バランスが良くなっている。これならばまっすぐに走るだろう。

「どう? 師匠」

「うん、すいぶん格好良くなった。ちょっと気になるのは、ゼンマイのスクリューが大きめなところくらいかな。あまり大きいと重さで重心がずれちゃうから。あとは走らせてみての微調整だな。よし、ジャルヌ。せっかく屋敷を抜け出して来たんだ。このノア、走らせてみよう」

「本当に? やったぁ!」

 ジャルヌは跳びあがって喜んでいる。これくらいのお楽しみがあっても罰は当たらないだろうと思った。だが、すぐにイサナは前言を撤回することになるのだった。


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