第2話


「ジント、街へ何しに行くの?」

 翌日、イサナは国王からの依頼をさっそく実行していた。朝からジントの部屋を訪れると、城中どこへ行くのにもつきまとったのだ。

「別にあてはない。城は息が詰まるから出ただけだ。というか、どこまでついてくるんだよ」

 いささかげんなりした様子のジントが、上機嫌のイサナに聞き返す。

「どこまでも」

「はぁ? 本気かよ」

「今の僕は、君のお目付け役なんだから、どこまでもだよ。まったく、朝は僕が訪ねてきてニコニコしてたくせに、現金だなぁ」

「国王に頼まれたのか?」

「まあね。国王も君のことを心配してるんだよ。すぐに喧嘩しちゃうから。でも逆の立場っていうのもいいでしょ? たまには僕の気持ちも味わえばいい」

「はぁ? 意味わかんねえよ」

「だから、いっつも君は暇な時間が出来ると僕のところに来て、僕の邪魔をするじゃないか」

「失礼な! 邪魔とはなんだ邪魔とは…………なぁ俺、いつも邪魔なのか?」

 だんだんと声に勢いがなくなり、最後は小声で聞いてくるジント。まったくハリネズミなのも困ったものだ。外はツンツンしているのに中身は小動物なのだから。

 邪魔かと聞かれれば、本気で邪魔ではないが、少々邪魔だというのが正直な感想だ。イサナがやることなすこと「それはなんだ」と聞き、イサナの行くところについて来たはいいが、つまらんから帰ろうとか言い出すし、いい加減腹が立って放置すると何故無視するんだと文句を言ってくる。だがそのまま言うとジントに多大なる衝撃を与えるので、イサナは言いたい言葉を飲み込む。

「心底邪魔だったら、今こうして横にいるはずないでしょ」

「そ、そうだよな。うん、わかってたさ。当然のことだ」

 ホッとしたように、ジントは息をついている。

 それにしても、一緒に行動したことで気付く。ジントは、城の中で一人なのだ。唯一の例外は乳母のキシだけで、他はジントを見ようとしていない。イサナも城を訪れるといつもそうだったが、自分だから無視されているのだと思っていたし、そもそも年に数回のことなので気にしなかった。だが、ジントはこれが毎日なのだ。まぁ、睨みをきかせて威嚇しながら歩いているジントも悪いとは思うが。でも、正直きついだろうなとイサナは思った。

 考えながら歩いていると、街の商店街に着いていた。あらゆる店が大通りを挟んで立ち並び、街の中で一番活気のある場所だ。しかも、今は聖礼祭が間近に迫っているので、さらににぎわっているように見える。店先では、サルビアの花飾りが揺れ、色とりどりの垂れ幕が翻っている。聖礼祭にちなんだ限定商品や、特別大安売り、飲食関連のお店では祭開催期間の出前のお知らせなどなど、見ているだけで楽しくなってくる。

「あ、あそこのお店に寄っていい?」

 イサナはジントの返事を聞くことなく、甘い香りの漂う店先へ吸い寄せられる。

「うわー、このシフォンケーキ新作ですか? すごく美味しそう」

「あぁ、いらっしゃい。聖礼祭に合わせて昨日から店に並べてんだ。試食してくかい?」

 焼き菓子店の看板おばあさんと、楽しそうに会話を始めるイサナ。結局三切れも試食した挙句、新作のシフォンケーキを丸ごと1ホール購入。

「お前、あれだけ試食したのに、さらに丸ごと買って食いきれるのか?」

「大丈夫だって。それに、僕が一人で食べるわけじゃないし」

「お、俺は甘いものは苦手だ。知ってるだろう」

「……ジント、何か勘違いしているようだけど、これは妹へのお土産だから」

「テティへの? お前、妹にいちいち土産なんか買ってくな。甘やかしすぎだ」

「うるさいよ。これは兄としての愛情を示すために必要なんだから。あっ、あっちの店も覗いていいかな?」

 イサナはさっさと駆け出す。

「俺が返事する前に、行くんじゃねーよ」

 背後からジントの声が聞こえたような気もしたが、構うことなくイサナは目的の店へ。

「あった! これずっと探してたんだ。数量限定生産デザインのノアの帆!」

 イサナは目を輝かせて棚を見つめる。ノアとは、両手で持てるくらいの舟のおもちゃのことだ。ゼンマイと風を動力源にして動く。どのようなゼンマイを使うか、どのような形の帆を使うか、また舟の形、材質は何かによっても色々違いが出てくる、奥深いものだ。そして、自慢のノアで速さを競うレースがあちらこちらで開催されており、イサナもこのノアレースに夢中だ。実力もなかなかのもので、地区の予選を突破し、本選に出場したこともある。

「オーナー、これいくらですか?」

 暇そうに棚を拭いている、この店のオーナーにイサナは尋ねた。オーナーは筋肉が無駄についた両腕を組み、少し眉を寄せながら答える。

「3万ドレだよ」

「そんなにするの……?」

 3万ドレがあれば、先ほどのシフォンケーキが丸ごと十個は買えてしまう。イサナは予想以上の高値に絶句してしまった。

「値引いてやりたいけど、これは限定品だから出来ないんだ。イサ坊どうする? 買う気があるなら取っとくけど」

「ホントに? じゃあ先生のところの手伝い増やして、資金調達してくる!」

「じゃあ取りに来るのは霧の月に入ってからだな」

 霧の月など季節が二回も変わってしまうではないか。フィルドレンテ公国では季節が六つに分かれているが、今は花が咲き乱れる『花の月』で、次が雨の多いこの国の中でも特に雨が降る『雨の月』、その次が朝霧が多く発生する『霧の月』なのだ。

「そんなにかからないよ! もっと早く取りに来るもんね。僕の本気をなめたらダメだよ」

「分かった、分かった。せいぜい頑張れよ、イサ坊」

「うん。ありがとう、オーナー」

 探していたノアの帆を見つけた嬉しさに、上機嫌で店を出た。しかし、ほどなくしてジントの様子がおかしいことに気が付く。

「どうしたの? なんか機嫌悪い?」

「……そんなことない」

 明らかに声が低い。

「そんなことあるよ。何? 言ってくれなきゃ分からないよ」

「……別に。ただ、お前はノアのこととなると、いつもあんな表情をする」

「あんな表情? 僕はいつもと同じつもりだけど」

「あのオーナーとは仲がいいみたいだな。お前が王族だって知ってるのか? あんまり庶民に気を許すのは危険だ」

「危険って……心配しすぎだよ。街での僕は、イサナ・リールなんだ。王族の名前であるドレンテは名乗ってない。だからオーナーも知らないよ」

「だが気を付けるにこしたことはない。あのオーナーにもあまり近づくな」

「なんでそんなことをジントに言われなきゃいけないの? それに、帆を取りに行くんだから、近づくななんて守るつもりないからね」

「だったら、今から俺が買ってきてやる。だいたい、3万ドレくらい何で持ってないんだ? お前も王族の端くれだろ」

「買ってくれなくて結構。自分の力で集めていくから面白いんだよ。それに、ジントも知ってるでしょ。僕は物心ついた時から庶民暮らししてるんだ。ドレンテ家からの援助はあの学生寮に住まわせてもらってるくらいで、あとは何ももらってないし。自分の欲しいものは自分で稼いで買うしかないの! もうおかしなことばかり言ってないで、ジントも街を楽しめばいいのに。たまにしか出てこないんだからさ」

 イサナはさっさと歩き出す。

「俺の前では、あんな表情ほとんどしないくせに――――」

「なに? よく聞こえなかった」

 ジントが何か言ったようなので振り返る。しかし、ジントは小さく顔を左右に振り、歩き出した。

「別に。ほら行くぞ。止まってたら通行人の邪魔になる」

 ジントに促され、再び歩き出そうとした時だった。イサナは前方から来た人の肩に、ぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい」

 そう言いつつ、ぶつかってしまった相手を見て、イサナは絶句した。頬にざっくりとした傷痕、赤く染めた髪(しかも側面は剃り上げている)ジャラジャラと金属物を服から垂らしている大男だったのだ。

「あぁ? にいちゃん、どこ見て歩いてんだ」

 遥か頭上から見下ろされ、一気に青ざめる。これは厄介な人物にぶつかってしまった。この大男は、この商店街を根城にしている破落戸のボス、通称レッドシャドウだったのだ。これは完璧に、絡まれる流れに違いない。何とか穏便に済ませようと、イサナが口を開きかけたとき、ジントが間に割って入ってきた。

「貴様こそ、前を見てなかっただろう。よそ見をしながら歩いていた。それなのに一方的に文句をつけるな」

 睨みを利かせながら、ジントが破落戸の前に立つ。二人の間に見えない火花が散っているかのようだ。

「俺は前を見てたが、こいつがチビすぎて見えなかったんだよ。だから、悪いのは全部このチビ。だいたい、誰だお前? 関係ない奴は引っこんでろ」

 危ないと思い、急いでジントを後ろに引っ張る。

「ほらジント、落ち着いて。ちょっと後ろに行っててよ」

 しかしイサナの力では、ジントはびくともしない。簡単に腕を振り払われてしまった。

「関係なくなどない。こいつは俺の連れだ」

 改めてジントが破落戸を睨みあげる。

「ほぉ。だったらお前がこのチビに代わって謝ってくれるのか?」

 チビを連呼され、さすがにイサナも少々むっとしてくる。

「いいだろう。イサナの代わりに……こうだ!」

 ジントは何を思ったか、いきなり破落戸を拳で吹っ飛ばした。

 背のことを引き合いに出され、イサナも少々腹が立ったが、これはいけない。国王からジントが暴れるのを止めるようにと言われているのに。

「大丈夫ですか?」

 イサナは慌てて破落戸に駆け寄る。しかし、意識が朦朧としているようで、まともな返事が返ってこない。

「ジントやりすぎ。ちょっとは手加減しなよ……じゃなくて、暴力反対!」

「なんでだよ。お前はバカにされたんだぞ」

「だからって、君が殴っていいわけないでしょ。それに、ぶつかったのは僕なんだから、悪いのも僕の方だ」

「でもお前はすぐに謝ったじゃないか。それなのに謝罪をさらに要求したうえに、中傷までした。殴られて当然じゃないか」

「はぁ……言いたいことは沢山あるけど、ひとまずここを離れよう。人が集まってきた」

 ジントをこれ以上、人々の目にさらすのはよくない。イサナは申し訳ないので、せめてものお詫び代わりに泣く泣くシフォンケーキを破落戸の横に置く。そして、破落戸をその場に残し立ち去るのだった。

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