第4話 あなたはどうしてロミオなの?
「ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?」
満場の客席に向かってセリフを届けようとするかのように、盛大に独り言ショーを繰り広げているのは、我が愛しきジュリエット。バルコニーでなにしてるんだよ。
「ロミオ! どうしてそんなところにいるの? ここはキャピュレット家の敷地なのにっ」
あ、見つかってしまった。自分の世界に入っているかと思ったら、すごいサーチ能力だ。
「やあ、ジュリエット。きみこそ夜中になにしているんだい?」
「いま考え事していたのよ」
「そうみたいだね」
あれが考え事だったのか。外にだだ洩れだったよ。
「悩みの種の張本人が目に入ったものだから、驚いてしまったわ」
「僕たちモッてるね、タイミングよすぎだよ」
「それでね、聞きたかったの。あなたはどうしてロミオなの?」
それはむづかしい質問だね。僕には答えられる気がしない。
「ううん、ちがうわ。そうじゃない。わたしはどうしてジュリエットなの? ジュリエットってなに?」
かなり悩みの迷宮に深入りしているようだ。大丈夫か、ジュリエット。
「わたし、ジュリエットなんてやめたらいいんじゃない? うん、そんな気がしてきた。よし、やめた!」
「えっ?」
「ちょっとそこで待っていて」
これが自問自答というやつか。ボクはなにも言っていないのに、かってに解決してしまった。しかも、なんだかまずいことになってきた気がするぞ。もしかして玄関から飛び出してきて、一緒に逃げようとか言うんじゃないだろうな。僕は追放になるんだけれど。
「受け取って!」
バルコニーにもどってきたジュリエットがなにかを放ってよこした。えっ? 落下が速い。受け止められるか?
ガシャン!
ばさっ。
ばさっ? 足元には剣が落ちていて、すぐ横の地面に剣が落下して作ったくぼみがあった。痛ってえ! ジュリエットが投げたのはこの剣だ。取り損ねたせいで手を剣にしたたかに打ち付けてしまった。こんな重いもの受け取れるわけねえ。
「ごめんなさい。暗くてよく見えなかったのね」
ばさっというのは、ジュリエットが飛び降りて地面に着地したときの音だった。ジュリエット? きみは何者? どうしてロミオなのどころではないよ。ジュリエットは僕の想像を超えてきた。
それで剣と一緒に降ってきて、どうするつもりなんだい。悪い予感はビンビン感じているけれど、僕には展開がまったく読めない。
「えーと、どういうこと?」
「察しが悪いのね、ロミオったらおバカさん。かわいい子」
「うん、ちょっと混乱している」
「わたし思い出したの。ヴェローナの向こうのナントカって町にフェラーリ家ってあって、遠い親戚なの。でも後継ぎがいなくて困っている。ね? わかるでしょ?」
「えーと、ヴェローナを追放された僕がその跡継ぎに収まって、僕たちは結婚できることになる?」
「それは無理よ。フェラーリ家って武闘派なの。頭首は最強じゃないといけないんだから、ロミオみたいなひょろい坊ちゃんには絶対無理。候補者に斬られて大ケガするか殺されてしまうわ」
ひょろいって、僕はきみのいとこのティボルトを殺してヴェローナを追放されることになったんだけど。そこそこの乱暴者なんだよ、僕は。剣術が得意ってわけでもないけれど。
「フェラーリ家、物騒な家なんだね」
「だから剣をもってきたのよ」
「そうか、この剣は魔力的な力が付与されていて、僕がもつことで最強になれるんだね」
「そんなアホなことあるわけないじゃない。夢見がちな少年ね、現実はそんな甘くないの。これはただの家宝の大剣。わたしがこれでフェラーリ家をのっと、じゃなかった、跡継ぎの座を射止めるわ。キャピュレット家のジュリエットはやめる。そうしたら、わたしたち結婚できるでしょ」
「いま乗っ取るって言おうとしなかった? それより、ジュリエット。きみにそんなことできるはずないじゃないか。武闘派の家で最強を目指すなんて」
「なにを言っているの? わたしはすでに最強よ? 恋する乙女は無敵なの」
僕に笑ってみせる。ニッと笑った口元では、月の明かりを反射して歯が輝いた。でも、親指を立てたこぶしで自分を指すのはやめたほうがいいと思う。少年マンガの主人公みたいだよ、ジュリエット。
ジュリエットはパンパンと手をはたいて土をはらった。地面から剣を取り上げ、肩に担ぐ。
「行きましょうか」
「本気なの?」
「もちろん。ヴェローナを出るのなんてひさしぶり。わくわくするわ」
「僕は追放される身だからね、ぜんぜんわくわくしないよ」
ジュリエットは変だし。ついて行って大丈夫なんだろうか。
数日後、僕たちはナントカいう町でわかれた。ジュリエットはフェラーリ家に乗り込みに、僕は仕事と住むところを探して。
仕事はなかなか見つからなかった。人手不足だという話はどうしたんだ、僕はどこでも役立たずな人間と思われるみたいだった。飲まず食わずでさまよっていたものだから、とうとう行き倒れた。助けてくれたのはリゼッタだった。
キュートで世話好きなリゼッタは僕に肩を貸して家まで連れてきてくれ、食事をめぐんでくれた。リゼッタは美容師だった。腕がよく気さくで人気の美容師だ。店の二階に住んでいて、僕に一室を貸してくれるという。ありがたすぎる。
家事や店の掃除をしながら仕事探しもしていたけれど、そのうち仕事探しはあきらめてしまった。僕に労働は向かない。リゼッタと一緒にお店にいるのが楽しいと気づいた。僕はリゼッタと結婚した。しあわせだった。
バン!
「ロミオ! あなたはどうしてロミオなの? 本当に顔がいいだけのロクでなしね。結婚の約束をしておきながら、わたしがフェラーリの家を乗っ取るために必死に戦っている間に。あなたは仕事も見つけられず、女を見つけて床屋の旦那をやっているなんて。裏切者!」
「やあ、ジュリエット。立派になったね。もともと立派だったか。僕が落ちぶれたわけだ。でもね、僕にはこの生活が合っているみたいなんだよ。きみが迎えに来てくれたということは、頭首の婿に迎えてくれるつもりだったのだろうけれど、頭首の旦那も床屋の旦那も同じようなものさ。たんなる穀つぶしだよ」
ジュリエットは店のドアをあけ放って、その場で腰に手を当てて立っている。逆光でうす暗く表情はわからないけれど、シルエットが物語っている。ここにいるのは強気で傲慢な女だ。かわいいジュリエットはどこへ行ってしまったんだ。そんなものは、はじめから僕の幻想だったのかもしれない。
「死刑!」
「なんで?」
「わたしはこの町で裁判権をもっているの。町の名家であるフェラーリ家の頭首としてね。だからロミオのひとりやふたり簡単に死刑にできるのよ」
ふたり目のロミオはいないけどね。
「僕はのんびり、ちいさな幸せを感じながら生きていきたいだけなのに」
「わたしのいとこを殺しておいてなにを、異世界転生のんびり生活、でもじつは最強の力をもった勇者ですなんて都合よすぎなキャラみたいなこと言っているの。ロミオがそんな人間のわけないじゃない。あなたは立派にチンピラだわ。わたしはダマされない」
「ちょっと待って! ロミオはたしかに顔がいいだけの、ほかに取り柄のないお調子者かもしれない。でも、店の掃除くらいはしてくれるの。まったくの役立たずや、足手まといってわけじゃないわ。わたしのロミオをロクでなしなんて言わないで」
リゼッタ、微妙に傷つくけれどフォローしてくれてありがとう。きみはやさしい女性だ。
「あなた、そのお腹」
「そうよ、ロミオにはまだ話してなかったけれど、赤ちゃんがいるの」
「なんだって!」
「死刑! こんなわたしの知らない女を腹ませるなんて、万死に値するというもの」
まずい。このままでは本当に僕は死刑になるかもしれない。
「ジュリエット様! おたわむれはそこまでです。罪のない市民をかってに死刑になんてできるわけないでしょう。駄々をこねてないで帰りますよ。
あなたはフラれたのです。これ以上ないくらいにキッパリとね。それはもうきれいさっぱり、一点の曇りもない。これだけ見事にフラれたら気分も晴れるというもの。私は近年ないくらい気分爽快ですよ」
「でもお、ロミオはわたしのなのにぃ。しけぇいぃ」
「顔がいいだけの男ならそこらに転がっていますよ。ささ、ケーキでも買って帰りましょう」
「じゃあ、二個買っていい?」
「仕方ありませんね、今日だけですよ。フラれたときはやけ食いにかぎります」
「ミラがやさしい。早く帰らないと雨が降るわ。いそぎましょ」
「駄々をこねていたのはジュリエット様ですけれどね」
「ロミオ、またくるわ! こんどは髪をセットにね。それじゃ」
ジュリエット、キャラの振り幅おおきすぎだろ。それにミラってなにものなんだ。ジュリエットの従者ってところか。かしこまった感じの黒っぽい服だったし。ジュリエットの操縦方法を熟知しているようだったな。末永くジュリエットを頼みたい。手綱を離さないでくれ。
僕はどうにかちいさな幸せを手に入れられた。リゼッタはふたごを生んだものだから、僕は店の掃除を免除してもらって子供の相手をまかされた。死ぬほど大変だったんだけれど、それはまた別の話。
そうそう、ジュリエットは本当に店にやってくるようになって、そのたびに僕を死刑にすると言っておどしてくる。ミラさんがあやしてくれて事なきを得るんだけれど。ミラさんが休暇を取ったら、僕はしばらく逃亡することにしようと心に決めている。
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1話からのくず籠3話分は、長編の第1話だけ書いて投稿したものです。長編を3個、いつか完成させて賞に出して、落選して、そうしたらカクヨムに投稿するという気の長い予定です。
ちなみに今ちまちま書いているのは「ボクには幼馴染がいない」です。2万7000文字くらいになりました。本当に気が長い。
こちらの短い話は、4話目。今朝覚醒したときに考えはじめていて、なんとなく最後までプロットが思いついたかなってことで書きました。「ロミオとジュリエット」の途中からストーリー脱線したお話でした。
ロミジュリは知識として知っているだけで、劇や映画で観たことも戯曲を読んだこともありません。そんな人間が書いたということで、アラはご容赦いただきたい。
最初の思い付きでは、ロミオは決闘裁判のすえに死刑になるはずだったのですけれど、ミラさんが登場したことで生き残りました。殺しちゃったほうが面白かったかもしれません。
夫を死刑にされたリゼッタさんのその後が気になってしまうから、生かしてよかったことにします。もうひとつの物語が誕生してしまいそうですからね。
ジュリエットのキャラ崩壊は気にしないでくだされ。その場のノリです。気になるわ。
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