第3話 ボクには幼馴染がいない

 新学年というものは新しい人間関係のはじまりでもある。そして、恒例のアレが今年も繰り返される。ああ、わかってる。

「佐竹っ! お前、皆川さんのとなりに住んでるって本当かよ」

 ほらな。だが、言うべきことは言わせてもらう。

「となりといっても家がな」

「そんなことはどうでもいいんだよ。むしろ家がとなりってことは、もうとなりってことだろ」

「興奮しすぎだ、深呼吸して自分の言ったことを考えてみろ」

 ボクは手のひらでバリアを押し付けるようにして村田、いや田村だったか、どっちでもいい、村田村ってことにしよう、ボクの机に手をついて顔を突き出しているムサい男を押しとどめようとした。

 そんなに顔をちかづけたらボクにキスすることになるぞ、お互いそんなことは望まないだろ。というセリフは頭の中だけで言って、飲み込んだ。

 だって、そんなこと言って、いやキスしたいとか言われたら嫌だろ。世の中何があるかわからないからな、余計なことは言わないのが吉だ。

「でもー、家がとなりってことは幼馴染なんだろぉ? ちいさいころは一緒に風呂に入ったんだよなー?」

「なぜ涙目なんだ」

 そうあってほしいと切実に願っているように見えるけれど、本当か? 幼馴染というものに対する幻想だけで言っているのならいいが。皆川のことが気になるなら、むしろそれって嫉妬したくなることじゃないか。

 まさか、ちいさい皆川が風呂に入っている姿を想像したくて言っているのか? 児童ポルノだからなっ、それ! 想像するなよっ!

 だが安心しろ。現実は村田村が考えるような、そんな甘いものではまったくない。

「ボクと皆川が幼馴染であったことなんて、一瞬たりともないぞ」


 教室のうしろ側のドアからひとがはいってくる気配。ボクの席の背後はちょうどそのドアなんだ。

「あ、皆川さん」

 村田村がやっと体を起こして顔を遠ざけた。ふぃー、ボクの貞操は守られた。いや、おおげさに言ったな、ファースト・キスか。ボクはイスをずらしてななめに背後の皆川に顔を向けた。

「本当だよ、村、たむ、らむ、くん。佐竹とは家がとなりなだけで、いっさいの交流はないのだから。これって、幼馴染なんて言わないでしょ?」

 なじんでないからな。なじんでこその幼馴染だ。

 皆川は、天使のほほえみ。同級生男子なんてこんな表情を向けられたらみんな皆川のことが好きになってしまうだろう。村田村はすでに好きになっていたかもしれないけれど。

 どうやら村田村がアホなことを言うタイミングで皆川が級友と教室に入ってきていたようだ。

「え、そ、そう。そうなんだ! そうだと思ったよ。こいつと幼馴染とか考えられないよね」

 皆川と話せただけでうれしさいっぱいなのだろう。ボクのことは、こいつに格下げになってしまった。ボクの何を知っているというんだ、村田村。別にいいんだけど。

「そうでしょ? こんなクズと幼馴染なんて勘違いされるだけでも悪寒がする」

 自分を抱くようにしてからの、さげすみの眼差し。村田村は冬にションベンして震えるみたいになった。ボクも背筋がスッとした。いい感じだぞ。ボクは変態か。そうかも。


 皆川は幼稚園のころから美少女だった。ボクの記憶にある皆川は同じ幼稚園にかよっているころからはじまるのだが、ボクははじめから皆川に嫌われていた。理由はわからないが、見た目とか、声とか、存在自体とか、いろいろと嫌いになるポイントはあるのだろう。

 自分のことが嫌いな女の子のことは、いくら美少女だといったって好きにはなれない。ボクはアニメや特撮ヒーローが好きなごく一般的な幼稚園生だったんだからな。

 お互いに嫌いでいがみ合っている仲だというのに、幼稚園も小学校も、それに今の中学校も、皆川とボクをずっと同じクラスにしている。どうなっているんだ、イヤガラセか。クラハラか。クラス替えハラスメントだな。

「今日も皆川にののしってもらったのか、よかったな佐竹」

 振り返ったボクのうしろ、つまりは前のドアをはいってきたのだろう、東雲があいさつ代わりの手を軽く上げて歩いてくる。イケメンなうえにキザったらしい。東雲は、なんというか腐れ縁だな。

「ちがうだろ? 俺たちは親友じゃないか」

 ボクの心の声に反論するな。イケメンなうえにひとの気持ちをよく察する気配り人間でもある。モテないわけがない。中身は変態だが。変態だからボクの性癖も察しているのかもしれない。メンドクサイから変態・東雲とかかわるのは嫌だというボクの気持ちだけは、どうも察する気がないようだ。

 ボクの席の横に立ち、肩に手をまわしてくる。女と勘違いして口説いてくるんじゃないかと思うような手つきだ。振りほどいて肩をまわす。ちょっとコッているかな。

「すぐに仲間を呼ぶRPGのモンスターみたいね」

「休み時間にとなりのクラスから様子を見にきた気の利く親友に向かってそれはないだろ」

「ふん、親友なんて思われてないくせに」

「そんなことはないさ。な、親友だよな、俺たち」

 腐れ縁でしかないけれど、ここは皆川に一矢報いてもよいのでは。

「そうだな。一番長い付き合いだし、親友といっていいかもな」

 皆川はなにか言いそうになって言葉を飲み込み、顔を赤くして、でも何も言わずに自分の席に向かって行ってしまう。

「綾音って東雲くんが気になるんでしょ、東雲くんにだけ冷たいもんね」

 おいおい、皆川のお友達さん? 聞こえてますよ。しかも、きみは何を見ていたんだい。お友達の皆川にさげすまれていたのはボクですよ? といっても、ボクのことが気になるからひどい態度になるわけではないけれど。どうもお友達にはボクのことが認識できないみたいだ、認識阻害の魔法でもかかっているかな。

 たしかに皆川と東雲だったらお似合いのナイス・カップルかもしれない。いや、待てよ? さっき顔を赤くしていたのはそういうことじゃないか? くそっ、嫌だな。まわりに幸せになってもらいたくないんだ、ボクは。性格が悪いからな。

 皆川が去ったあと、東雲が抱き着いてきて邪魔くさかった。本当にボクのことが好きなんだな。親友だなんて言ってよろこばせてしまったのは失敗だったかも。


 帰宅すると家に皆川がいてかわいく甘えてくるとか、姉のように世話を焼きたがるとか、ラノベではありがちな展開だ。ギャップ萌えというやつか。現実はラノベではない。ボクには幼馴染なんていない。

 腹がすいても、母さんが帰ってきて夕飯の支度ができるまでガマンしなければならない。カップラーメンを作って食べるくらいのことをすればいいんだが、夕飯前にカップラーメンなんて食べると怒られる。夕飯が食べられなくなるとかマズくなるとか言って。ボクは小学生かよ。いちおう食べ盛りの男子中学生だぞ。

「秀秋、部活入ってないんだし、ゴールデンウィークは家族旅行に行くだろ? どこがいい。早めに予約しないとホテル取れなくなるからな、すでに遅いくらいか」

 父さん、いたんだ。存在感の薄い悲しい人。

「中学生にもなって親と旅行になんて行かないよ。ゴールデン・ウィークはどこも混むし、家で勉強でもしてる」

「ウソでしょ? 勉強なんてしないじゃない。ゲームして終わっちゃうんだよ」

 母さんは気が若いというか、姉か同級生みたいな感じで話してくる。ボクもつられてそんなノリで返してしまうことがあって、自己嫌悪におちいる。

「いいだろ。成績そんな悪くないんだし、そこそこやってるんだ、ボクは」

 しょうがないわねなんて、今度はアニメのお母さんかよなセリフを聞いて、ボクは餃子をタレの皿にとって耳を閉ざした。父さんが息子に旅行を拒否されてショックを受けていても知らない。


 その、ゴールデンウィークがやってきた。四月は気づけば終わっている。休日を満喫したいボクは、やっぱりゲームをしていた。母さんの言ったとおりだ。だがおかしい。

 ここは皆川の家だぞ!

 なぜボクが皆川の家にきて、リビングのソファにくつろいでゲームをやらなくちゃいけないんだ。快適だけど。そういう問題ではない。

 ボクの両親は、中学生の息子を旅行に誘うのを断念した代わりに、皆川の両親に声をかけたのだ。あっちはあっちで同じようなことになっており、もともと仲のよい同士なものだから、一緒に行きましょうかと話がまとまったのだとか。

 それでなんでボクは皆川の家にあずけられねばならん。ボクが子供で皆川に面倒をみてもらわないとひとりで留守番もできないみたいじゃないかっ!

 女の子ひとりは危険だからとボクが護衛役だと確認がとれたのはよいとしてだ。ボクだって男だろ、危険分子の一員じゃないのか。ボクをなめるなよ。

 リビングのドアが開く金属的な音がした。皆川がやってきたのだ。目を合わせてはいけない、きっと嫌な目にあうからな。ゲームに集中だ。

「ひとの家にきてゲーム。ほかに能はないのかね」

 雑音に気を取られてはいかん。

「何日もぶっとおしでゲームする気? バッカじゃないの」

 え? 何日も? ちょっと待て、親はいつ帰ってくるんだ? 1泊じゃないのかよ。あっ、ミスった。別のことに気をとられたからだ、くそっ。はじめてここまでこられたってのに。

「なに?」

 つい、お前のせいだぞって顔を向けてしまったら、めっちゃ冷たい目でにらまれた。へへ、悪くない。ボクはぜったい変態だ。

 だが、ボクをなめくさった両親たちに後悔させてやるにはいい機会ではないか。早くもチャンス到来だ。ボクが危険な男だってことを思い知らせてやる。

「なに? 飲み物取りにきたんだけどワルイ? 私に水分とらずに熱中症になれっていうつもり? だいたい、まだゴールデン・ウィークだっていうのに暑すぎる、バカなの?」

 あ、いや。うん、立て続けに責め立てられるとボクは反論できなくなるんだ。ワン・センテンスで1個のメッセージにしてもらえるかな。それに、暑さはボクのせいではない。

「自分の家なんだから好きにしろ」

 だぁー、熱中症になって弱ったところを攻めてやれば楽勝なのに。皆川がボクの城、リビングに自由に出入りする許可を与えてしまった。ボクのアホー。


「家の中なのに、普段からオシャレなんだな」

 冷蔵庫の扉を開けてジュースのボトルを取り出す皆川の背中を見ながらつぶやいていた。バカ、ほめてどうする。

「ちが、別に佐竹がいるからじゃないしっ! 佐竹なんて虫以下の存在なんだし、裸見られたって恥ずかしいともなんとも思わないだからっ」

「いや、裸見せないでくれ。こっちが恥ずかしいから」

「なっ!」

 父親ゆずりなのか、ボクの存在感おそろしいほど貧弱なんだな。ノミかダニくらいに思われているってことか。だがボクの心臓がもたないから暑くても服は着ていてもらいたい。

 自分の裸を見られたわけではなく、相手の裸を見て恥ずかしいというのはどういうことだ。見られたほうが恥ずかしいはずだな。裸を見てよろこんでいる姿を見られるのが恥ずかしいのか、エロ本を見つけられてしまったみたいな。いや、エロ本もってないけど。ほしいとも言ってない。


 スマホの着信音が響いて、驚きすぎた皆川はジュースのペットボトルを取り落とし、派手な音をさせた。炭酸じゃないといいな。

 取り繕った声でスマホに話しかけながらペットボトルをキッチン台に立てる。三ツ矢サイダー。しばらくは飲めないな。落ち着いたころボクももらいたい。サイダー好きなんだ。

「え? ダメ! ダメダメダメダメ。それはダメ」

 サイダーをケチるなよと思ったけれど、ボクの心の声に抗議したわけではなかったようだ。

「あー、もう!」

 そんな大きな声出たんだ。スマホの画面に向かって不満をぶつけているようだが、スマホは悪くないと思うぞ。

「佐竹!」

 はい?

「今すぐ死んで」

 どうやらボクは今から殺されるらしい。短い人生だった。そこまで皆川に嫌われていたとはな。

 ボクがなにをしたっていうんだ。となりの家の子として生まれてきたのがいけなかったのか。目障りだったんだな、存在が。存在感がないのに存在を嫌悪される。かわいそ過ぎない? ボクって。

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