第2話 DIY的召喚魔法で快適田舎暮らしをする方法

 まず、マジックバッグを手に入れる。それから使い方をおぼえる。あとは簡単。肩にかけてバッグのふたをあげた状態で手をつっこむ。お目当てのものに触れたら手を引き抜き、取り出したい場所にかざす。ね、簡単でしょ?


 バッグの中でちいさくなっていた冷蔵庫が、もとの大きさに復元しながら滑らかに空間を移動してナイスな位置に設置できた。

 マジックバッグにはいくらでもモノがはいる。大きさを気にしなくていいし、重さについても同じことで、冷蔵庫を出し入れしても肩にかかる重さは空っぽのバッグのまま。絶賛引っ越し中のわたしには便利すぎるツールだ。四次元ポケットみたい。


「よし、家電はそろったね」

 おばあさんの家は田舎の一軒家。電気も通っていない自然志向すぎる家だった。何十年も住んだあとなのに古ぼけたところはなく、電気を通して家電をそろえれば快適な生活が送れるはず。洋風というのも変だけれど、和風建築ではない。おばあさんの趣味は渋くなかった。

 親戚には新築みたいにきれいだなんて言われていたけれど、誰もこの家にきたことなんてなかった。お荷物をわたしに押し付けるための売り文句だと思っていた。だって、おばあさんが亡くなったときに親戚一同だれも欲しがらなかったし、売ろうという話がもちあがることもなかったのだ。誰も買っちゃくれないとみんな思っていたんだな。わたしもそんなことだろうと思っていたし。

 それで、おばあさんに一番かわいがられていたという名目で押し付けられてしまったのだ。たしかに、いとこたちの中でわたしが一番歳下だし、お母さんだっておばあさんの末っ子だし、かわいがってもらってはいた。自覚があったから半分は、おばあさんの家を引き取るのも仕方ないかなと思った。


 おばあさんは自称魔女だった。親戚一同は扱いに困った。それでこんなさみしいところで、もとい自然に抱かれるようなこの土地に建つ家に住むことにしたみたい。ある意味、親戚一同に対して反発する気持ちがあったんじゃないかな。たまにわたしに会いにきてくれたけれど、ほかの親戚の家に顔を見せることはなかったらしい。

 ブラック企業に就職してしまって心身ともに疲弊していたわたしには、田舎暮らしをはじめることが転機になるように思えた。というか、自分に言い聞かせた。そうでも思わないと、親戚一同への怨嗟の言葉が延々と口から漏れ出ることになったはずだ。この家に引っ越してきた理由のもう半分だ。


 ひと仕事おえてすわりたいと思ったけれど、すわる場所がない! おばあさんずっと立って生活していたの?

 おばあさんの家を譲り受けてというか、押し付けられて、引っ越しのための下見にやってきたときキレイで驚いた次に、家電どころか家具までほとんどなくてガランとした家だと思った。電気が通っていないんだから家電がないのは当然だけれど、テーブルとイスくらいの簡単な家具は生活に必要だ。死を悟って売り払ったということなのか。最近までひとが住んでいたというより、新築かモデルハウスででもあるかのようだった。

 おばあさんのものが残っていたのは、このキッチンと二階の寝室、あと物置っぽい部屋だけだった。キッチンには調理道具、ハーブっぽいものがはいった瓶がいくつか、あとキッチン台に意味ありげにシステム手帳みたいなノートが残してあった。

 家にはガスさえ通ってなくて、キッチンはかまどで薪を燃やすシステムになっていた。かまどといっても昔話に出てくるような土間に土で作ったようなのではなく、フローリングに石のプレートで囲まれたスペースがあって、金属製のかまどが設置されているのだけれど。上部には煙突がついていて外に排煙する。

 水道だけは通っていて、たぶん地下水を汲み上げている。家の外にそれらしき設備があった。川に水を汲みに行かないといけないなんてことはなくて安心した。

 さすがに電気もガスもないような家に住めないから、電気だけ使えるようにした。オール電化だ。工事費は自腹、とほほ。ブラック企業に勤めていたもので稼いだお金を使う暇もなく、小金がたまっていたのが幸いした。


 寝室にはよさげなベッドがあったからシーツやなんかを取り替えて済ませることにした。物置っぽい小部屋で、このマジックバッグをゲットした。

 キッチンにあったノートを開いたら最初に目についたのがマジックバッグをわたしに譲ると書いてあるページだった。しまってある場所と使い方が説明してあって、物置っぽい小部屋で本当にマジックバッグが見つかった。使い方もノートを見たらおぼえてしまってはじめから簡単に使えた。

 マジックバッグなんて嘘くさいなと思って信じていなかったけれど、ベッドをバッグに入れたら本当に入れられて、重くもならないし、これは信じるしかないっ、便利に使わせてもらおうとなった。それで、ひとり暮らしの部屋からマジックバッグに入れて家電をもってきた。家具はサイズ感が合わないと思って処分してしまったけれど、テーブルとイスもない、家具はほとんどなんもないってことを忘れていた。一時的にでももってくればよかったか、どうせバッグに入れておけば邪魔にならないんだし。


 おばあさん、わたしが押し付けられてこの家にくることがわかっていたみたいで、ノートにはわたしに向けたアドバイスがいろいろと書いてあった。まだほとんど目を通していないけれど。

 今の段階での結論。おばあさんは不思議な力をもっていたのだ。本当に魔女だったりして。


 床にすわりこみ壁に背をもたせて、ノートを開く。ページには召喚の魔法陣と書いてある。どうも庭に魔法陣があるらしい。それを使うといろんなものを取り寄せることができる。ネット通販みたいなものかな。

 注意書きがあって、生き物はやめておけってことみたい。危険なものが召喚されてくるかもしれないし、生きたまま召喚できるとはかぎらないのだとか。猟奇的にズタボロになったもと生き物は、たしかに召喚したくない。あと、召喚したものをもとの世界に送り返すことはできないとも書いてある。返品不可。よく考えて慎重に行動しなくてはならない。

 ノートに魔法陣の記載を見つけてすぐに召喚してみたいと思ってしまった。テーブルとイスである。リビングは広いのにテーブルもイスもなくてガランガランなんだもの、欲を言えば薪ストーブにいい感じのソファーもほしいところ。


 召喚魔法で快適田舎生活を実現するぞ!


 でも、召喚魔法なんて意味不明なもの、軽々しくは使えない。テーブルとイス、いま必要なものだけにしておこう。うまくいったら、すこしづつならすようにそろえていけばよい。


 カランカランと玄関ベルを鳴らして、木のドアを外に出る。うーんと、伸びをした。引っ越しといってもマジックバッグを使ったから疲れるようなことはなにもしてないつもりだったけれど、気持ちは緊張して疲れていたのかな。背筋が伸びて気持ちいい。

 山をちかくに感じるなんて今までの生活ではなかったことだけれど、すぐそばに森、その奥に山、たしかすこし行くと湖もあるんだったな、そんな環境を今手にしている。毎日がキャンプみたいなものだ。

 玄関のデッキをおりて、地面におりたつ。舗装していない地面だって、わたしには新鮮だ。家をまわりこんで庭に出る。

 庭は雑草でうまっていた。雑草を抜いてくれる便利な道具って物置部屋にないかな。ドラえもんじゃないか。しかたない、おばあさんが玄関にのこしてくれた軍手を取り、わたしは腕まくりした。ブラック企業で鍛えた根性をみせてやる!


「ぶはー、デスクワークと草むしりはぜんぜんちがうわ。これはキツイ」

 引っ越し用にジャージの下とTシャツという姿だから気兼ねなく雑草の地面に寝転がる。ずっと曲げていてかたまった膝が痛い。腰も痛い。腕がだるい。目の前がチカチカする。目の上に腕をおいて日光を避けている。汗でTシャツが濡れて気持ちわるい。

「つーかさ、魔法陣って雑草生えてたら使えないわけ? よかったんじゃない、草ぼうぼうだって」

 誰に言い訳しているんだか。地面に見つけた魔法陣のところだけでもと思って草をむしりまくって、どうにか魔法陣は姿をあらわしたわけだけれど、先に使えるかどうか試してから草むしりに取り掛かればよかったのではということに気づいてしまった。

「あーん、もう。考えてから行動すればよかった。わたしのバカー」

 お腹がすいた。引っ越しはマジックバッグのおかげですぐに終わると思っていたから片付いてからご飯にしようと思っていたのだ。

「よし、ちゃちゃっとテーブル出してそばをゆでることにしますか」

 体を起こし、膝に手をついて立ちあがる。やったるぞー。


 魔法陣に日本語は通じないよね。えーと、丸テーブルは英語で。いでよ、ザ・ラウンド・テーブル!

 手をかざしたわたしの目の前で魔法陣が光を放つ。光が見えるってことは、あたりが暗くなったということ。日本中が暗くなったら大騒ぎだろうから、きっと魔法陣の周りだけだよね。

 すぅっと地面からテーブルが生えてきた。召喚って、上からじゃないんだ。

 えっ?

 デカくない?

 魔法陣の光は消えて、あたりの暗さも解消された。草ぼうぼうの庭の真ん中に魔法陣と何人家族だよって大きさのテーブル? がドデーンと威圧的に存在している。ブタの丸焼きでも食べる用なの?

「こんなデカいのどうしよう。魔法陣には適当な大きさって概念はないのかね」

 わたしが想像していたかわいい丸テーブルとはぜんぜんちがう。チェーンの喫茶店でみんなして相席で使うやつじゃないんだから。部屋は大きくて問題なくはいるけれども、使い勝手がわるそうだな。こりゃ、生き物は召喚したらひどいことになりそうだ。けっして手を出してはいけない禁忌の魔法ということにしよう。

 テーブルの召喚は、やり直すかな。使わないのはマジックバッグに入れておけばいいんだし。つぎはふたり掛けのとか、サイズも指定しなくちゃダメだね。こまかい仕様書を作ってやろうか。前の仕事で仕様書作成は慣れてるんだからね。


 イメージ通りの丸テーブルを召喚するのはあとまわしにして、デカいテーブルをリビング・ダイニングの大部屋に楽々運び込んだ。マジック・バッグくん、ありがとう。

 電磁調理器で鍋にたっぷりのお湯を沸かして、そばをゆでる。そばとめんつゆは冷蔵庫に入れたまま持ってきたんだよね。普通に運ぶときにはそんな芸当できないけれど。マジック・バッグ活用しまくりだ。

 さあできた、引っ越しそばだ。ざるの下に皿を敷いてせいろのかわりね。お椀にめんつゆ、水で薄めてある。箸は先のほうに溝がついている麵が滑らないやつ。カンペキ。

 全部テーブルにセッティングして。

 あーーー!

 イスを出すの忘れた。イスがない。テーブルはデカいし。ロクなことがない。ショック。わたしはバカだ。もうすわって落ち込むしかない。イスを引いてすわり、テーブルの上に抱えた頭をゴチン。

 あれ? イスあるじゃん。すわってんじゃん。なあんだ、イスつきのデカテーブルだったのね。

 って、んなわけあるかい。さっきなかったイスがあらわれとるがな。テーブルを召喚するなんて不思議技を使っておきながらなんだけど、イスが自然に湧いて出るなんてことはない。ダマされてるぞ、わたし。気をつけろ。

「これは、どうやって食すものなのだ?」

「そばだよ。すこし箸にとってつゆにつけてから食べる。そば食べたことないの?」

 って、自然に答えちゃったけど、わたしのほかに誰もいない家で話しかけられたら、それは幽霊!?

「ぎゃー!」

 遅ればせながら、あらためて悲鳴をあげた。

「どうした、なにがあった」

 となりの席にイスとイスにすわったイケメンなおじさん、イケおじが箸にそばを取ってめんつゆにつけようとしていた。心配そうな顔をこちらに見せているけれど、箸は使えるのねって、幽霊にしてはハッキリ見える。変なもの召喚しちゃったかしら。たぶんそう。

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