くず籠はいつだってあふれてる

九乃カナ

第1話 同じ人に告白しつづけたんだけど、こんなことになるなんて思ってない

 中学二年、梅雨が明けてパリッと晴れた日、輝樹に告白した。

「わりぃ、今つきあってるやついるんだ」

 ウソ、わたしが一番仲良くしてたでしょ。なんでほかの子と付き合うことになるの!


 同じく中学二年、年の明けた冬休み終わり、白い息を吐きながら輝樹に告白した。

「一足遅かったな、さっき別の子と付き合うことにしたんだわ」

 売り切れにつき本日閉店のラーメン屋か!


 終業式が終わって春休み、桜が満開だけど風は冷たい川沿いの土手で、輝樹に告白した。

「じつは、別れるまえからつきあっててさ」

 おい、わたしには付き合ってる子いるからって断ってきただろ。ルールを変えるな。


 どうでもよくなって、なんでもない日、どこかで輝樹に告白した。

「ごほっ、ごほっ、体調悪くてさ。また今度」

 部活さぼる口実か! 今度ってなんだよ。


 輝樹に告白しつづけ、わたしの中学生活は輝樹への告白で過ぎていった。高校は輝樹と同じ学校にした。レベルが高くて落ちるかと心配ではあったけれど、中学卒業であきらめたら負けって気がして、告白をやめるわけにはいかなかった。なんとしても輝樹と付き合う! わたしは負けない。


 高校生活になれてきた六月はじめ、購買のパン争奪戦に参加することにも躊躇がなくなった。食後のデザートとしてパンをゲットすることは、その日の暮らしの質を左右する重要事項なのである。決死の覚悟でのぞむ。


 今日のデザートは君だ、クリームパン!


 限られた数のパンを腹をすかせた高校生たちが奪い合う戦場、パンをつかんだら早くお金を払って離脱しなければ命はない。仁義なき戦場。わたしはか弱き乙女、ひとの波に流されカウンターの向こうのおばちゃんが遠くなってゆく。お、お金。おばちゃん、お金。

「おばちゃん、クリームパンね」

 クリームパンを握りしめた手をつかまれた。上の方でお金がおばちゃんに渡り、今度は生徒の海をぐんぐん移動しはじめる。ぐはあ、おぼれる。いや、狭いところを押し通るからムギュってなる。


 やっと出られたと思ったら、世界がくるっとまわった。いや、回ったのはわたしだ。

「大丈夫だったか?」

 輝樹だ。顔が目の前にある。わたしは体を斜めにして輝樹に抱きかかえられるようにして支えられている。社交ダンスのキメポーズ? こんなシチュエーション現実とは思えない。これは夢? いや、ただの現実だ。

「大丈夫だから、どいて」

 輝樹を押して体をはなす。クリームパンは生きていた。どうにか死守した。


「待たせたな、やっとフリーになったから付き合おうぜ」

 なんだと? これは、告白だよね。輝樹がわたしに告白してきたんだよね。中二の夏から告白しつづけ、フラれつづけた輝樹に、付き合おうって言われる日がくるとは。信じがたい現実。現実は小説より奇なり。

 このためにあきらめずに告白してきたんだし、同じ高校にはいったんだし、よろこばしいことではあるんだけど。


 タイミングが最悪だ。


 わたしの前に人が立った。輝樹と対峙する。

「皆実さんは、僕の彼女だぞ」


 輝樹に告白しつづけ、ツッコミのネタにも困るようになったころ、わたしに告白してきた男の子がいる。

 千也くんである。

 千也くんはチワワみたいなかわいい男の子。名前もちょっと似ている。輝樹とはまったく似ていない。ガンバって勇気を出し告白してきてくれたのがかわいすぎて、こちらからお願いするわってなった。プルプルふるえていて、うるんだ瞳で見つめてくる。抱きしめたかった。


「弟いたっけ?」

「わたしたち一年なのに弟が学校にいるわけないでしょ。わたしのこと彼女って言ったじゃない。わたしは千也くんとお付き合いしてるの!」

「チワワくん?」

「チ、ヤ、くん」

 似ているけれども。


「チヤくんとやら、皆実とは別れろよ」

 輝樹が眼光鋭く見つめ、千也くんに手を伸ばす。

「ダメ」

 わたしは千也くんをうしろにひっぱって抱き締めた。千也くんはまだ背が高くなくて、わたしと同じくらい。抱きしめるのにちょうどいいサイズなのだ。

 対して輝樹は中学時代のかわいらしさの混ざった美形から、見つめられたらぞっとするくらい純粋な美しさになって妖しい輝きを発している。輝きは錯覚だけど。身長が伸びていて、千也くんを上から威圧してくる。


「離して、皆実さん。僕は大丈夫。誰だろうと、皆実さんにちょっかいだす奴とは戦う覚悟だよ」

 がるると輝樹を威嚇する。かわいい。そんなキャラじゃないのに、わたしのために闘志を燃やしている。愛おしすぎる。お布団の中にひっぱりこんで抱きしめて寝たいくらい。おっと、よだれが。


「千也くん、クリームパンをゲットしたんだよ」

「よかったねえ、皆実さんクリームパン好きだもんね」

「えへへ、千也くんも好きだよ」

「僕も好き。えへへ」


「俺の存在を忘れるな。失礼なやつらだな。どうするんだよ皆実、俺と付き合うのか、付き合わないのか」

 人気者の輝樹が自分から付き合おうと言ってきている。何度も告白しては、フラレつづけた中学時代が走馬灯のように。わたし死ぬの? わたしは輝樹のためにこの高校にはいったんだ!

 でも今はダメ、ううん、ずぅーっとダメ。だってわたしには千也くんというかわいい彼氏ができたんだもの、手放せない。ずっと千也くんと一緒。千也くんたら、わたしの人生を変えてしまったのね。

 くぅー、もったいない。中学時代のわたしに申し訳ないんだけど。断腸の思いとはこのことか。


「お断りしますっ!」

 言っちゃった。キッパリ言っちゃった。腸をひっぱりだしてぶっちぎってしまった。あとで言い間違いとか聞き間違いなんて言っても通じないくらいキッパリとね。

 えっ? 今、輝樹ツラそうな顔した?

 わたしに断られたって、ほかに彼女候補はいくらだっているし、今までだってほかのひとと付き合ってきたんじゃない。ツラいなんて感じることないでしょ。そうだよね、わたしの勘違いだ、きっと。


「そうかよ。じゃあな」

 輝樹は向きをかえて廊下を去ってゆく。背中がさみしそう。気のせい、だよね。

「輝樹、またね」

 無反応のまま行ってしまった。それと、クリームパンごちそうさま。


 高校に入ってからも、わたしは輝樹と一番仲のよい女子のポジションにいた。彼女は別にしてね。彼女とはどこでイチャついていたのか知らない。輝樹は彼女の存在をわたしに感じさせたことがない。

 千也くんとお付き合いをはじめてからは前ほどではなかったけれど、仲よくはしていたと思う。千也くんのことは、彼氏ができたってことは、輝樹に言えなかったんだけど。きゃー、はずかしーってなるから。

 輝樹だって同じだったはず。彼女の話なんてしたことないしね。わたしたちの間ではそういうものだと思っていた。


「皆実さん、行こっ。クリームパン食べないと。休み時間終わっちゃうよ」

「そうだね」

 中学時代のわたしが夢に見つづけた輝樹との交際は、幻に終わった。このときはそう思っていたんだけど、まさかあーんなことになるなんて想像していなかったよ。

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