第16話:カタリーナの炎
イェルクと短い再会を果たして以来、ミーナの頭の中は、どうしたらイェルクとともに歩めるのか、ビルング家の役に立てるのかということでいっぱいになった。そんな日々が数日続いた。
この日の正餐は、きのこのかさに香草を混ぜたチーズを詰めて焼いた料理、焼いた鶏肉をパンでとろみをつけた赤ワインソースで煮込んだ料理、大麦を野菜のストックで煮込み、炒めたにんじんを加えて肉料理の付け合わせにした料理だった。いつもよりお腹がすいていたミーナは、二人の再会の邪魔をした蛮族どもへの怒りに満ちていた。
「蛮族どもは、戦が終わったのに未練がましくこの国に侵入してきて、許せませんわ。私が男だったら、騎士だったら、すべて討ち滅ぼしてくれますのに」
ミーナは剣など握ったこともないのに、口だけは勇ましかった。騎士であるマルクスはとがめるどころか、むしろ大笑いした。
「おお、勇ましい。さすがはこの家に嫁いだだけのことはある。レオポルト殿よりもずっと騎士に向いておるかもしれんの。今度、馬の乗り方を教えてやろうか?」
「まあ、嬉しい」
ミーナは前のめりになった。まさに、渡りに船な申し出だ。そんな二人の様子を、カタリーナは食事の手を止めて横目でちらりと見た。
「そうじゃ、勇ましいと言えば、こんな話があった。イェルクが戻った日に、これまでの視察についての報告書を置いていったのじゃ。報告書はたんまりあって、読むのに数日かかったが、面白い話があってのう。それは……ある決闘裁判に立ち会ったというのじゃ」
「決闘裁判?」
ミーナは首をかしげた。
「決闘裁判というのは、簡単に言うと、裁判の代わりに決闘でお互いの正しさを証明することじゃ。その決闘裁判では、なんと、夫婦で棍棒を持って決闘するというのじゃ」
「夫婦で!」
ミーナは心底驚いた。男女では明らかな力の差がある。それでは夫のほうが有利に違いない。
「その夫婦は村に欠かせないパン職人の夫婦でな。夫君が浮気したと奥方は疑っておったのじゃ。夫君は無実を訴えたが、奥方は聞く耳を持たない。そこで裁判をすることになったのじゃが、奥方がわめき散らしてまともな裁判にならんかったそうじゃ。夫君はやむなく、奥方に決闘裁判を申し込んだ。そうしたらばすぐに大人しくなると思ったらしいのう。ところが、じゃ」
「ところが……」
ミーナは突然わいてきた衝撃的な話に夢中になった。
「奥方は受けて立つ、と言ったそうじゃ。これには村人も驚いた。夫婦で殴り合いをして、どちらかの腕が使いものにならなくなったら、もう二度とあのパンが食べられなくなる。心配した村人は、たまたま視察に訪れたイェルクに、決闘裁判の仲裁を頼んだのじゃ」
「イェルクはどう対処したのですか、お義父さま」
ミーナはますます前のめりになって話の続きを待った。クラーラの昔話を聞いたときとはまた違う高揚感を味わっていた。
「イェルクは夫君の代理人として、決闘裁判の場に立った。もちろん、村人相手じゃから武器は何も持たなかった。そして奥方にこう言った。『私に挑む気があるのなら、奥方の勝ちだ。さあ、挑んでみよ』と」
「奥方はどうなさったのですか、お義父さま……」
ミーナはその場を想像してみた。怖いようにも、どこか滑稽なようにも思えてきた。
「さすがの奥方も、イェルクに挑む勇気はなかった。奥方は棍棒を捨てて、自分の負けを認めた。そもそも浮気の話自体が、奥方の勘違いだったのじゃ。しかし、惜しいもんじゃのう。もし、その奥方にイェルクに挑む勇気があったなら、この儂が奥方を騎士に推薦したものじゃ。西の国には女の騎士もいると聞く」
「女性の騎士? 初耳ですわ。わたしもなってみたい……」
ミーナは自分がイェルクとともに戦場を駆け抜ける姿を想像した。ともに歩めるなんて、なんて素晴らしいのだろう、とミーナは思った。マルクスは豪快に笑った。
「やはり、ミーナはレオポルト殿よりも騎士に向いておる。儂が保証する。それにしても、女の情念とはものすごいものがあるのう。まるで、燃えさかる炎のようじゃ。その炎を胸にして戦えば、男よりずっと恐ろしいかもしれんのう」
そのとき、二人の会話を横目で聞いていたカタリーナが、静かに立ち上がった。マルクスもミーナも、不思議そうにカタリーナの顔をのぞき込んだ。その顔は青白かった。二人がどうしたのかと尋ねる前に、カタリーナが口を開いた。
「そのような話は、やめていただけますか」
カタリーナが人の話をさえぎるなど、めったにないことだ。ミーナはもの珍しさのあまり素直に口を閉ざし、マルクスは意外そうな顔をした。
「カタリーナ、儂は何か悪いことでも言ったかの」
「マルクス。ミーナに馬の稽古などして、けがでもさせたらどうなさるのです。イェルクにひどく叱られますよ。ミーナもです。あなたが馬に乗ったり、剣を振ったりできるわけがないでしょう。騎士になりたいなど、軽々しく口にするものではありません」
カタリーナは二人の顔を交互に見比べてぴしゃりと言い放った。何かにいらだっているようだった。マルクスは目を丸くした。ミーナは、厳しいことを言われて悲しいとか、不器用さを指摘されて悔しいというより、ただただ驚いていた。そんな二人の顔を見て、カタリーナは顔を背けた。
「すみません。少し気分が悪いのです。今日の食事はこれで失礼します」
カタリーナは部屋付きのメイドを呼び、よろよろした足取りで部屋に戻った。ミーナはカタリーナの背中を心配そうに見つめていた。
「お義母さまはどうなさったのでしょうか? 今まであんなふうにおっしゃったことは一度もないのに」
「儂にもわからん。まあ、腹の虫の居所が悪いことくらい、誰にでもあるじゃろう。あまり気にしないことじゃ」
そう言いながらもマルクスの食事はそれ以降あまり進まなかった。それもめったにないことだった。
その日の晩餐に、カタリーナは現れなかった。ミーナは、他人が普段は見せないような態度をとると、そのことが強く気になる性質を持っていた。それは、クラーラが豹変したあの晩に生じたものかもしれなかった。ミーナは意を決して、カタリーナの部屋に向かった。
カタリーナはミーナを部屋に通してくれた。カタリーナは寝台に腰掛けていたが、よろよろと立ち上がり、ミーナとテーブルごしに向かい合った。
「お義母さま、お昼は軽々しいことを口にして申し訳ありませんでした」
ミーナは頭を下げた。カタリーナは小刻みに首を振った。
「そのことはもういいの。私が悪かったわ」
カタリーナは微笑んだ。でもその微笑みは、明らかにいつもと違っていた。
「お義母さま、わたしは他にも、なにかお義母さまを傷つけるような態度を取ったのでしょうか? もし、そうだとしたら謝ります」
ミーナがそう言うと、カタリーナは震える手を伸ばし、ミーナの手を取った。
「優しい子ね。あなたのせいではないのよ。もちろん、マルクスのせいでもない。ただ、わたしは……わたし自身の過ちを思い出しただけ」
「過ち……」
それが何なのかは、ミーナも薄々わかっていた。ミーナの母クラーラが、残酷と評したことだ。
「燃えさかる炎。確かにそうね。あれはまさに燃えさかる炎のような、どうすることもできない、強い感情だった」
カタリーナはミーナの手を強く握りしめて、唇を震わせた。
「わたしは、次に倒れたら、もう長くないと思うわ。だから、聞いてちょうだい、わたしの懺悔を……」
ミーナは首を振った。
「お義母さま、何をおっしゃるのです。もう長くないだとか、懺悔だとか……」
カタリーナはミーナの手をさらに強い力で握りしめた。ミーナは覚悟を決めた。
「わかりました。曲がりなりにも修道女を目指したわたしに、どうかお話しください」
ミーナが答えると、カタリーナは鏡台に向かい、鏡台の引き出しから、珊瑚でできた美しい首飾りを取り出した。血のように赤い珊瑚を、燃えさかる炎を思わせるような形に削り、ぴかぴかに磨いた、手の込んだ品だった。
「まあ、なんて素敵な。それにこちらは……ずいぶん、高価な品だと思いますが」
少々下品だと思ったが、ミーナは思ったまま口に出した。
「以前、見せてあげると約束したのに、そのまま忘れてしまったわ。これは、マルクスがわたしの誕生日に贈ってくれた品なの」
「ああ、そうでしたね。確か、結婚してから初めて迎えた誕生日に贈った品だと。お義父さまはずいぶん情熱的ですね。この炎が、お義母さまへの思いの形だとおっしゃりたかったのかしら」
ミーナはあの日と同じように、二人を心底うらやましいと思った。カタリーナはくすくすと笑った。
「違うのよ。これは負けず嫌いの炎。マルクスはね、贈り物の豪華さでも、人に負けたくなかったのよ」
「どういうことですか?」
ミーナは不思議そうにカタリーナの顔をのぞき込んだ。カタリーナはまた、いつもと違う悲しげな微笑みをうかべた。
「わたしはね、ここに嫁ぐ前に、別の家に嫁いでいたのよ。そしてそこで女の子を産んだ……。ここからが、わたしの懺悔よ。よく聞いてちょうだい」
「わたしは、行儀見習いに行った家に、そのまま嫁いだの。ここよりもずっといい家柄のところよ。
でも、わたしは少しも幸せではなかったわ。結婚相手は、わたしをいつまでも奉公人のように扱ったわ。もちろん、心のこもった贈り物をもらったこともなかった。今思うと、あの人もただ不器用なだけだったのかもしれないけれど、当時のわたしにそんなことを考える余裕はなかった。ただね、物はいくらでもあったわ。着る物も、食べる物も、美しい宝石も……。でも、何一つとして、わたしの心を満たしてくれる物はなかった。愛していない人と肌をあわせて暮らす日々は、苦痛以外の何物でもなかったの。
だけど、ある日わたしに子どもができた。そのときは嬉しくて、天にも昇る心地がしたわ。この世の中に、わたしの血を分けた存在が産まれてくるのよ。その喜びったら、なかったわ。それにね、これで、わたしもこの家の嫁として受け容れられて、あの人に愛してもらえると思ったの。おかしいでしょう? わたしはあの人を少しも愛していなかったのに。
あの人も子どもができたことを喜んだわ。わたしは、なんとしても跡継ぎを産もうと思った。お腹の子どもを大事にしようと、いつも神経をとがらせていたわ。それでますます、あの人とのあいだに深い溝が走った。
そのころ、デゼルタ国とのあいだで大きな戦が起きたの。当時の国王さまは国中の貴族に息子たちを戦場に出すよう要請されたわ。この国の南の方にあったあの家では、今まで息子を戦に出したことなどなかったのだけど、断ることはできず、ついにあの人は戦に旅立つことになった。そして……二度と帰ってはこなかった。
わたしはあの人を哀れんだわ。若くして亡くなるなんて、かわいそうだと。だけど、それ以上の感情はわいてこなかった。わたしの頭の中にあったのは、なんとしてでも、お腹の子どもを守ることだけだった。そしてわたしは子どもを産んだ。かわいい女の子だったわ。わたしは生まれて初めて、この命に代えても守るべきものができたと思った。跡継ぎが産まれずにがっかりする義家族から、この子を命がけで守らなくては、と思ったの。わたしは部屋にこもり、誰にも子どもを触らせようとしなかった。それは大きな過ちだった。まだ若いわたしは、子どもの小さな異変に気づかないまま、産まれた子どもを死なせてしまった……」
カタリーナはしばらくの間嗚咽した。ミーナは決して口を開かず、ただ、カタリーナの背中をさすり続けた。
カタリーナは手元の布で涙を拭って、話を再開した。
「わたしは実家に帰された。両親はわたしの再婚相手をすぐに見つけてきた。それは、辛い過去を忘れ、早く次の人生を歩めという、親心からだったわ。だけどわたしは、深い悲しみに暮れて、親の心を慮る余裕など、とてもなかった。わたしは子を亡くし、親にまで捨てられたと絶望した。そのうえ、嫁ぎ先は北の果て、貧しい貴族の家だと聞いて、いっそ死のうとさえ思った。だけど、自ら命を絶てば、あの子が逝った天国に昇ることは決してできないと思い、必死になって耐えたわ。
ビルング家の両親は、わたしに何が起きたかすべてご存じだった。だから、青白い顔をして、うつむいたまま嫁いだわたしを、何もおっしゃらずに笑顔で迎えてくださった。けれどもマルクスは、わたしの過去など聞きたくないと言ったらしいの。あの人らしいわね。あの人がどんな気持ちで、わたしと夜をともにしたのか、今でも怖くて聞けないわ。
そうして、すぐに子どもができた。誰もが皆喜んだけれど、わたしは恐怖に震えた。また、かわいい我が子を死なせてしまうのだと思うと、恐ろしくて恐ろしくて。わたしは、一人になるのが怖かった。だからマルクスにすがりついた。そのころのわたしは、あの人を好きだったわけではなかったと思う。誰でもよかったのよ。ただ、わたしの恐怖を紛らわせてくれれば。
ある日、マルクスはわたしに贈り物をくれた。それがさっき見せた珊瑚の首飾りよ。わたしは自分の誕生日のことなんて、すっかり忘れていたから、驚いたわ。それが高価なものだということは、一目でわかったわ。それを、この家の経済状況で買うのが、どれほど大変だったかもね。この人は、青白い顔をして、うつむいて、泣いて甘えてばかりのわたしに、ここまでの情熱をかけてくれるのかと驚いたわ。だって、この炎のような燃える思いをわたしに抱いているってことでしょう? 本当の気持ちを知ったのは、ずいぶんあとのことなのよ。何より嬉しかったのは、珊瑚って、子どもを守る護符なの。マルクスは若いころは口数が少なかったから、直接言われたわけではないけれど、『私がついているから心配するな』って言われたような気分になったわ。その日から、わたしは少しずつ元気を取り戻した。ビルング家の女の務めも、果たすようになった。そして、わたしはかわいい男の子を産んだ。立て続けに二男を、少しおいてから三男を産んだ。私はこの上なく幸せだったわ。だけど……」
カタリーナは両手を強く握りしめた。その手はぶるぶると震えていた。
「わたしの幸せはまたしても崩れ去った。あのおぞましい赤髭が、すべて奪っていった! あの子たちをすべて喪ったあと、わたしの心に、決して消えない炎がおこった。赤い、赤い、血のような、あの珊瑚のような炎がおこった。その炎がなければ、わたしはまたしても死のうと思ったかもしれない。マルクスがくれた炎は、わたしに生きる希望を与えてくれたけれど、そのときわたしの心におこった炎は……あれは……確かにわたしを生かしたけれど……」
カタリーナはうつむいて黙り込んだ。ミーナはカタリーナの強く握られたままの両手に自分の両手をそっと重ねた。しばらくしてから、カタリーナは重い口を開いた。
「わたしは、生まれて初めて男になりたいと願った。騎士になりたいと願ったわ。そうして、この手で、わたし自身の手で、あの憎っくき赤髭の息の根を止めたいと思った! だけど、どんなに願ってもわたしは男にはなれない。今さら女の身で騎士になることもできない。けれども、心におこった炎を消し去ることは、もっともっとできなかった! そのとき、わたしは思いついたの。わたしが子を産んで、その子に、わたしの思いを託すって、ね」
ミーナは驚きのあまり、カタリーナから手を離した。
「皆、マルクスがそう考えたと思っているようだけど、本当は違うのよ。わたしなのよ、我が子に自身の復讐を託すと決めたのは! でも、わたしはもう子どもを産めないと、お医者さまは言ったわ。月のものがもう来なくなってしまってね。わたしは泣いて泣いて泣き続けた。こんなに泣いたのは、初めて産んだ子を喪って以来だったわ。そして、私は恐ろしいことを思いついたの。誰かに代わりに産んでもらえばいいってね。マルクスは、長く連れ添ったわたしの半身。マルクスの子はわたしの子だって、ね」
ミーナはカタリーナの深い情念に驚きを隠せなかった。日だまりのように温かいお義母さまのどこに、こんな思いが隠されていたのだろうと思っていた。しかし、ミーナは懺悔を聞くものの務めとして、カタリーナの懺悔が終わるまでは決して口を開くまいと決意していた。
「当時この城には、わたしの遠縁が働いていたの。その娘はわたしの若いころにそっくりでね、わたしはこの娘にしようと思ったわ。ちょうどそのころ、娘の実家が困窮状態にあることを、わたしは知っていたの。わたしは全財産をかき集めて、娘に頼んだわ。わたしの代わりにマルクスの子を産んでちょうだい、そうしてくれたらこの財産をすべてあげるって、ね。娘は承諾したわ。承諾するよりほかなかったのよ。だって、この家の奥方の頼み事よ。どうせ断ればこの家にはいられなくなると、家族を支えることはできなくなると、娘はよくわかっていたのよ! そのうえ、わたしはマルクスが拒否するのを恐れて、だまし討ちのように酒に酔わせてことに及ばせた! 翌朝、すべてを知ったときのマルクスの顔を、わたしは死ぬまで忘れることはないでしょう……。
わたしは娘にむごい仕打ちをし、命がけで出産させて、そのうえ生まれた子どもをわたしの子だと言って奪ったわ。それは、どんな財産を積んでもあがなえることかしら。娘は、お金はいらないと言ったわ。だけど、わたしは娘にむりやり財産を持たせた。これでご家族を助けなさい、あなたの新しい暮らしのために使いなさい、と言ってね。娘は半分だけ持っていったわ。わたしは自己満足のために、娘にお金を持たせた。わたしの心を少しでも和らげようとするために!
そして、わたしは生まれた子どもに、自分が背負ったこともないような重荷を負わせた。真面目なあの子は、それこそ一つも疑わずに、与えられた使命を果たそうとした! 将来、領主として、この土地をいかに治めるか考えることもなく。自分の幸せすら考えることもなく! たとえ、どんなに愛情を注ごうと、優しい言葉をかけようと、どんなに、どんなに、あなたはわたしのかわいい子どもだと抱きしめたとしても! わたしは、なんて、残酷なことをしたのでしょう! だけど……」
カタリーナは目から大粒の涙をこぼし、真っ直ぐにミーナの顔を見つめた。すがるような顔をしていた。
「だけど、それを罪と呼んだら、あの子の存在そのものを否定することになる。わたしの心に炎がおこらなかったら、マルクスを騙さなかったら、娘に子どもを産ませなかったら……わたしのために命をかけて頑張ってくれた、あの優しい子は、今もどこかで戦っているあの子は、この世のどこにもいないのよ……。だから、わたしは、わたしの罪を、罪と呼ぶことすらできず、死ぬまで心の奥底にしまっておくことしかできなかった……たとえそれが、死ぬよりも辛いことだとしても。だって、それが、神さまがわたしに与えた罰なのだから」
カタリーナが話し終えると、ミーナはカタリーナの身体を包み込むように抱きしめた。
「お話ししてくださってありがとうございます、お義母さま。お義母さまはもう充分に苦しみました。きっと、神さまもお許しのことと思います。何よりも、イェルクは……イェルクはお母さまのなさったことを、罪だとは思っていませんわ。イェルクは自身の使命に誰よりも誇りを持っていましたし、自分の力は、お義母さまやお義父さま、それに亡くなったお兄さまたちからいただいたものだと言っていましたわ。イェルクはお義母さまを深く愛しているのです。母の形をしたものに傷をつけることさえ許さないくらいに。もちろん、お義父さまたちのことも。だから、もう、苦しまないで……」
そこまで言うと、ミーナは感極まって泣き出した。ミーナは子どものように泣きじゃくった。いつの間にか、カタリーナがミーナの背中をさすっていた。
「ミーナ。あなたは本当に優しい子。あなたがこの家に来てくれてよかったわ。わたしはずいぶん、救われた思いがするわ。本当にありがとう。どうか、イェルクにとっての救いにもなってちょうだいね。もう、そうなっているかしら……」
「お義母さま……」
ミーナはカタリーナと本当の母娘のように抱き合い、幸せな涙を流した。
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