最悪の温泉

雨夜

第1話

 我が家では、年末から新年にかけて母方の親戚と過ごすことが多い。普段は母方の実家に泊まりに行くことが多いのだが、その時はどこかの旅館に泊まり込んでいた。

 これが、私の黒歴史の始まりだった。

 まず、着いてからは旅館周辺をぶらりぶらりと散策をした。そうすると、自然と汗をかいてくるものである。旅館を着いて早々、私は大浴場に入ると両親に告げ、向かった。

 まずは素っ裸になり、さあいざ温泉へ、と温泉へと続く扉を開けた瞬間、私は絶望した。

 私が開けたのは、温泉へと続く道……ではなく、旅館へと続く道だったのだ。

 その時、ある人物と目線が合った。母方の祖母である。

 見られた、と思った。私は、男。つまり、大事な部分を祖母に見られたのである。その時、私は十三歳を迎える前だった。思春期の多感な時期の男にとって、これ以上恥ずかしいことはない。

 祖母から光の速さで自然を逸らし、慌てて元いたところへと戻る。そのあと、何事もなかったかのように温泉に浸かった。外の景色を楽しむことはなかった。頭の中は先程のことで一杯である。

 そのあとは、親戚一同が集まっての食事だ。勿論、祖母もいる。どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 どきどきしながら、大浴場を出た。その時に、近くにいた男性から「大丈夫か?」と声をかけられた。私は、「だ、大丈夫です」と返し、慌てて温泉を後にするのだった。



 食事が行われる会場に着くと、まず目の前すき焼きの鍋が視界に入った。その隣には大好きな白米が入った土鍋もある。どちらも自分の大好物だ。

 ドキドキしながら席に着くと、まもなくして祖母もやってきた。

 私は祖母を見ることもなく、視界を地面へと落とした。あんなことがあった後で、まともに祖母を見ることはできない。

 親戚が全員が揃い、食事会が始まった。師走ということもあり、一年間であった出来事を報告している。親は仕事の愚痴やら、政治経済に関することの会話が飛び交い、私たち子供たちには学校がどうだかと親たちから話を振られる。

 祖母が私に、「学校はどうなの?」と話を振ってきた。先程のことがなかったかの様に、普段と変わらない声音で話しかけてきた。

 私は、楽しいよだの、当たり障りのない返答を返す。

 その時私は悟ったのだ。祖母は先程のことをなかったことにしてくれるのだと。

 ほっとしつつ、進まなかった食事を進めた。

 

 その出来事から数年が経つが、祖母からその話をされたことは一度もなかった。


 以上が、私の最大の黒歴史の顛末である。


 

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