二闘目 五禁と無敗
王都闘技場。それは剣闘発祥の地ゲルニック王国が王都サイルにて催される武闘の場。
言わば世に広まる剣闘の聖地であり、年に4度の人魔合同の剣闘の開催地でもある。
そんな王都闘技場にて、今まさに朝一番の特別試合が行われようとしていた。
「龍の門より!出づるは北方のデメキトス山脈を越えしバーバリアン!その巨躯と迸る筋力で幾多の侵略者を叩き潰してきた漢が、王都闘技場へと姿を現しました!豪傑無双の戦士、アラヤ・ルー!」
「んぬぅぅぁぁああ……!」
剛毅な闘争心から漏れ出た吐息は唸り声となり、上気した肉体からは僅かに水蒸気が漏れ出ている。北国より参上した戦士は、得物の大槌を振り上げ興奮冷めやらぬ様子であった。
「そして虎の門からは、お待たせいたしました!遥か辺境の闘技場より忽然と現れた無類闘士!なんと未だに奴隷の出身と身分でありながら、立ちはだかる頑強な闘士どもを鏖殺してきた怪物!闘技場の王者アルフレッドその人です!」
アラヤ・ルーとは対称的に静かに登場したアルフレッド。所定の位置に着くなり、猛る戦士を一瞥しては鋭い眼光を突き刺した。
「遠路遥々やってきたチャレンジャー。果たして、王者に五禁を破らせるに足る闘士なのでしょうか!いざ、いざっ、開戦ですッ!」
銅鑼が鳴らされると同時に、アラヤはその豪脚により高く跳躍した。
常人ではありえぬ、闘技場の壁をも越え鳥が飛ぶ領域にまで跳んだ戦士は、その大槌を構えアルフレッドへと急加速する。
漲る巨体が重力に引かれ、さらには全身から魔力を放出することでブーストをかけた超高速落下。あまりの力に全身は火をまとい、一筋の流星となって闘技場へと墜つる。
《星砕き》
かつて数万の魔族軍を一撃のもとに滅した大技。その英雄的殴打を、初手でぶっぱなすという暴挙。
まさかの事態に闘技場の魔術師や魔法使いたちが対物理・耐衝撃の結界を展開しようにも間に合わず、星はアルフレッドへと落ちた。
「んぅぅ……うん?」
着弾した。そう確かに思えるほどの手応えがあった。そのはずなのに。
大槌の感触が人を打っているものから、より硬く大きな何かを打つ感触へと変わる。突風と大衝撃により破壊されるであろう闘技場は何故か無事で、逆に風はアラヤの頬を撫で大槌が少しずつ変形していくことに観客たちは気が付いた。
大槌に拳が合わされている。ほんの僅か一瞬の出来事であったが、戦士も観客も、不思議なことにその一部始終をハッキリと見て認識することができたのだ。
流星の如き力の激流は破壊をもたらす前に、より巨大な力の波に飲まれ滞留していた。大槌は悲鳴をあげ捻じ曲がり折れ砕かれ、アルフレッドの腕の筋肉が隆起する様をアラヤは見た。その次には視界が反転し、ぐにゃぐにゃと曲がっていく。
そして、アラヤは天へと返された。胸に風穴を作り、槍の如き風鉄砲となって空の雲を吹き飛ばしたのである。
「北の英雄、未だ届かず!勝者はアルフレッドに決まりだ!!これにて決着!!」
アルフレッドは怪物である。
それが闘技場にて彼の闘いを見た者の共通認識だ。その圧倒的な武力によって無数の剣闘士たちが瞬殺とも言えぬほどの凄惨な死に様を迎えてきた。
必ず勝つ。それは本来、観客にとっては退屈なものだ。試合前から結果がわかりきっている。相手は死ぬか降参するか辞退するか、なんにせよアルフレッドの勝利は揺るがない。
だからこそ、彼には『五禁』と呼ばれる縛りが課せられている。
すなわち、武具の使用を禁ず・技巧の使用を禁ず・魔力の使用を禁ず・先手の攻撃を禁ず・開戦より後の移動を禁ず。
それでもなお、彼は勝ち続けてきた。変わらない結果だけを観客たちへと届けてきた。
だが、観客に限らず他の闘士たちにとってもその圧倒的な力に飽きが来ることはなかった。
その一撃は不動の象徴であり、力を求める者たちには畏怖と誇りに輝く永遠の目標であり、観衆どもには栄光と絶対の憧れであった。
だからこそ客は魅せられる。だからこそ闘士は果敢に挑む。たとえ待っているのは確実な死であろうとも、最強に挑み最強の手で屠られ最強に死後を案じられる。
それこそこの上ない死に花であったのだから。その儀式とも言える様に、観衆は神秘を感じたのだから。
◆
「闘士アルフレッド。見事な闘いでありました。こちら、ゲルニック王より褒賞を賜っております。お受け取りを」
控え室に戻ったところで、国王からの勅使より宝箱が贈られた。受け取ったアルフレッドは控え室の中で、僅かに神へ祈りを捧げる。
どうか、この褒賞こそ我が求めるものでありますように。
求めるものが与えられるはずの褒賞にこのような祈りをすることも、本来はありえないこと。しかしアルフレッドは全戦全勝の活躍をして、未だに求めるものを手にできてはいない。
剣闘に勝利した者には、王より願いを叶える権利が与えられる。アルフレッドはその権利をいつもおかしなことに使うことでも有名であった。
奴隷の身分からの解放ではない。金銀財宝を得ることでもなければ、美食のような贅沢でも彼にとっては優先するものではなかった。
一輪の花を、求めるというのだ。
闘いに明け暮れ、人を殺めることが仕事の彼が。珍しく、また美しい花を。
それは決して彼自身が欲しているからではない。しかし彼はそれをずっと求め続けている。
それもこれも全ては、彼が仕える主のために他ならなかった。
奴隷闘士と幻の花 サンサソー @sansaso
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