奴隷闘士と幻の花

サンサソー

一闘目 奴隷闘士の誕生

 血と汗で彩られた武舞台。そこでは今まさに闘いの決着が迫っていた。


 片や、豪華絢爛に装飾された黄金の甲冑を着込む騎士。その手に持つこれまた黄金の大剣は常人に持つことが叶わないほどの重量を誇る。


 もう片方も、また青年である。しかしこちらは得物らしい得物を手にしておらず、身なりも腰布を巻いた足甲のみという簡素なものだった。さらには全身血濡れで、未だにポツポツと手の先から赤い雫が垂れ落ちている。


 黄金騎士は重厚な鎧をものともせずに、青年の眼前へと踊り出た。大剣をしかと握り、大きく大きく大上段に構える。


 筋肉で軋む鎧。力強く握られた大剣の柄が黄金製故に変形しつつも、その大重量による振り下ろしの威力は察して有り余る。


 いよいよ決着の瞬間であることは観客衆にも容易に悟ることができた。大剣の一打は雷の如く音をうねらせ……青年に届かぬままその手より零れ落ちた。


 決着は静かに訪れた。振り下ろしの威が迫る刹那、音も無く突いた青年の足先が鎧を抉りその胸を穿ったのだ。


 生暖かい感触から引き抜いた足でそっと押してやれば、騎士の巨躯は砂地に沈む。審判の決着の声があがれば、青年は静かに黙祷を捧げ、控え口へと戻っていった。


 本日、王都闘技場開催『死闘連戦』最終戦終了。試合開始から僅か10秒も経たぬ出来事である。



 ◆



 人と魔が覇権をかけて争いあっていた世界があった。


 有権者は戦争で活躍するであろう武芸者を求め、その人材集めに巨額を投じる。それは武官としての雇用のほか、一個師団を丸抱え私兵にする者も珍しくはない。


 戦争があれば人々は一心団結するか?

 それは表面上で言えばYESであり、水面下ではNOである。


 なにせ求められるのは軍事力。兵に富む者こそ成り上がり、政権を牛耳れる。将も、軍師も、工作員も、才のある者のみが上へ上へと上っていく。


 人間の敵は魔族に留まらず、身内ですら意にそぐわなければ敵である。





 だがそれも過去の話。


 長きに渡り雌雄を決さんとしてきた人と魔の戦いは、各々の最高戦力である『勇者』と『魔王』によって和睦が成された。


 これまで敵同士であった蟠りは全て解消されたわけではない。しかし、それぞれの怒りや憎悪を晴らすにも死と戦いがなければ叶わないこと。どうにかならないかと頭を悩ませた結果考案されたのが年に4度の剣闘である。


 戦争の頃より、戦のおかげで景気のよくなった国々は娯楽を欲した。そこで出される案こそやはり戦争の只中であることも相まり、闘いに関することばかり。

 その末に血湧き肉躍る闘いを求め、剣闘とは名ばかりの死闘劇が流行りに流行った。魔族たちもまた強者同士の対決には心が踊るらしく、程よい共通の娯楽として大成していくことになる。


 その剣闘がはじめに流行った時代に、青年は生まれ落ちた。戦争は未だ続き、人々の関心が戦いに注がれていた頃の話である。


 生まれの身分が低かった彼は少年時代から奉公に駆り出され、いよいよ家が危なくなると奴隷として身を売られた。


 労働力として昼夜問わず働き詰めであった彼は僅かな支給食と泥水を啜り、それでもなお足掻きに足掻いた。

 人目を盗んでの窃盗は日常茶飯事、さらには強盗押し入り終いには殺人にまで手を染めた。


 そうまでして生きたいかと嘲った奴隷商は、辺境の闘技場へと彼を売り払った。闘技場の奴隷は、剣闘士としての出場を余儀なくされる。

 もちろん剣闘士としての鍛錬などする暇もなく即日出場、棒きれを持たされ着の身着のまま放り出され、そのまま相手に嬲り殺しにされるのがオチだ。闘技場に送られる奴隷の扱いは、剣闘士による殺戮ショーという名の娯楽、その玩具としての未来しか待っていない。

 そんな所へとやってきた少年はどうだったか。惨めに命乞いをし、足を舐めたのか。頭を垂れ、必死に刃を掻い潜ったのか。


 どれも違う。屈強な剣闘士へと真っ向から掴みかかり、その喉笛を食いちぎったのである。


 剣闘には賭け事の一面もある。ただの殺戮ショーと言えど、そこそこの金はしっかりと動いていた。少年へ向けられたのは勝利を讃える歓声ではなく、少量の金額とはいえおじゃんにされてしまった怒りの罵声であった。


 すぐさま次戦。新たに入場した剣闘士が少年を殺さんと挑みかかり……これもまた、食いちぎった剣闘士の斧を手に取った少年によって首を落とされたのである。


 もはや罵声など起こらなかった。しかし歓声も無く、ただただ沈黙が闘技場を支配するのみだった。


 少年は奴隷にはあるまじき剣闘士としての待遇でもてなされた。順調に育っていき名を挙げ始めた少年であったが、しかし奴隷であるために少年を買おうとする物好きも日に日に現れた。

 少年に光るものを見た闘技場職員らは必死に交渉を躱していたが、当時王都闘技場を仕切っていた貴族より打診が入りとうとう根負けすることとなる。


 剣闘貴族ルスタリア家。そのお抱えの剣闘士となった少年は、まるで飯を喰らい成長するように闘っては強さを増していった。


 そんな中、彼は一つの出会いによって人生を変える事となるが、それはまた後の話。


 今や無比なる剣闘士。しかしその身は変わらず奴隷である。そんな彼を、人々は畏怖と侮蔑を交えてこう呼んだ。


 人類最強の奴隷、【獅子猿ししざる】。奴隷闘士アルフレッドこそ、彼の名であった。

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