第38話 苛立ち

「す、救いようが無い……だと!?誰に向かってそのような口を────」

「誰に?アラン様のお優しきお心を理解できぬ愚か者にです」

「愚か……者だと!?」


 ルーナが冷たくそう告げると、レドロンは怒りで顔を赤くしながら言った。


「いい加減にしたまえ!たかが旅人の分際で、この私に愚か者だと!?」


 ルーナはそんなレドロンのことを見て、少し間を空けて言う。


「そうですね、失礼いたしました……あなたは愚か者ではありませんね」


 それを聞いたレドロンは、間を空けることなく言う。


「今更謝ったところで────」


 自分の発言意図を間違えて捉えられていることに不快感を覚えたルーナは、レドロンの言葉を遮るようにして言った。


「誤解なさらぬよう、あなたは愚か者すら超えた罪人と呼ぶに相応しい方です」


 自らの神を侮辱されたルーナは、一片の迷いなくそう言った。


「お前……!」


 怒りでソファから立ち上がったレドロンだったが、ルーナは全くそのことを気にすることなく続ける。


「あなたはアラン様のお優しきお心による行動を自己満足だと言い張り、アラン様の行いを侮蔑したのです」

「あんな子供の行動が、自己満足で無くて何だと言うんだ!」


 レドロンにそう聞かれたルーナは、両手を合わせて言った。


「────救いです」


 そのルーナの透き通った声に、レドロンは思わず息を呑んだ。

 だが、今のルーナの頭にはアランのことしかなく、アランに祈りを捧げるように続けた。


「あぁ……我が主よ……私をお救いになられた主よ……我が身の全てを持って、あなた様を信仰し、あなた様を愛させてください……」

「い、いきなりなんだね、気味の悪いことを……」

「気味が悪い……ですか?……あなたは本当に、どこまでも救いようの無いお方ですね」


 そう告げるルーナの冷たい表情と冷たい声音に、レドロンは動揺したが────その動揺を隠すようにルーナへと距離を近づけながら言った。


「この私にここまでの悪態をついたのはお前が初めてだ!よくも二人きりの空間でそんなにも悪態をつけたものだな!」

「それは私のセリフです、アラン様に対してここまでの失礼な発言した方を見たのはあなたが初めてです……そして、私がこれほどまでに苛立ちを覚えているのも」


 自分のことを救ってくれたアランの行いを自己満足と評したレドロンに対し、ルーナが苛立ちを覚えないはずはない。

 だが、レドロンは激昂した様子で言った。


「お前がどう感じていようと知ったことではない!あいつは何かあればお前に声をあげるよう言っていたが────残念だったな!この部屋は防音だ!お前がどれだけ声を上げようとも、あいつが助けに来ることはない!」

「……そうですか」

「そうだ!だから、お前はせいぜい自らの言動を悔いるがいい!」


 そう言ってルーナの肩を掴もうとしてきたレドロンのことを避けて、ルーナは言った。


「汚い手で私に触らないでください……私に触れても良いのは、アラン様だけなのです」


 そう言うと、ルーナはレドロンの後ろ首に衝撃を与えて、レドロンのバランス感覚を奪った。


「ぐっ……」


 床に倒れたレドロンは、どうにか立ちあがろうとするも、上手く立つことができない。

 そんな様子を見ながら、ルーナは言った。


「しかし、防音とは良いことを聞きました……この部屋が防音出るならば、あなたがこれからどのようなお声を上げたとしても、アラン様にそれが聞こえることは無いということ」

「な、何を……考えている?」


 状況を理解し、恐怖と動揺を表情と声音に滲ませながらレドロンがそう聞くと、ルーナは答える。


「私が今考えていること……いえ、あなたに求めていることは一つです」


 そして、神聖の位を持つ聖女としての存在感を放ちながら言った。


「────今すぐ、アラン様に懺悔なさい」

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