第19話 空白の時間
バタン
後ろ手にアパートの扉を閉める。
冬の外気が入らないようにと入り込んだ部屋は、外に劣らず冷え冷えとしていて、独り言のように「ただいま」とつぶやいて玄関の灯りを点けるとようやく少し暖かくなったようだった。
お風呂の給湯器の電源を入れるとかばんを置いて服を脱ぐ。
化粧を落とし終えるとお湯のたまった湯船にクタクタになった身体を沈めた。
「あの紙・・・」
会社のデスクマットの間に挟まっていた紙には「姫野彩」と見慣れない筆跡で書かれていた。
「わたしの名前・・・」
それを会社で見た時のことを思い出して、思わず湯船の中で身体を縮めた。
胸を締め付けられる感覚。
その場で立ち尽くしてしまうほどのさみしくて悲しい気持ちが、空調の効いているはずのオフィスにいて、それなのにヒタヒタと心の中に染み入るような冷たい足跡をつけながら入ってきたような。
そんな苦しい感覚。
わたしは、
わたしは少しずつ変わってしまったこの世界の中で、どんな気持ちで6年間も過ごしていたんだろう?
こんな小さな紙ひとつを大切にもっていたこの世界のわたしは、一体どんな気持ちで香月澄の死を受け止めたんだろう?
そう考えると、またあの冷たい足跡が心の中にヒタヒタと近づいてくる。
そして胸が苦しくなって、
わたしは泣いた。
小さな一人暮らしにお風呂場に、自分の鳴き声が静かに響くのを膝を抱えて聞いていた。
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