第7話 梅雨の放課後
「あれ?詩織忘れ物?」
言いながらキャンバスから顔を上げると、目を丸くした香月君と目が合った。
「ごめん、姫野さん居ると思わなくて、美術の課題出せてなくてさ」
そういいながら、彼は珍しく少し早足で教卓の横にある課題提出用の箱の中に、持って来たA4サイズのコラージュの課題を入れていた。
部活帰りだったのかサッカー部のユニフォーム姿のままで、普段見慣れない彼の姿に、変に身体は固くなって、呼吸の仕方を忘れてしまったように苦しかった。
最近何故かたまにこう言う風になる。
それは彼と何気ない挨拶や言葉を交わす時。
プールで息継ぎが上手くいかなくなるみたいに苦しくなって、それを悟られたくなくって言葉を続けられなくなる。
それを知ってか彼はいつもそうなる頃に自然と会話を切り上げて笑顔で去って行くんだ。
唇を噛んで少し俯きながらキャンバスの前に座って居ると、不意に近くに彼の気配を感じた。
驚いてそちらに目を向けると直ぐ右側に彼がいた。
「そっか、今度コンクールがあるんだよね?本の挿し絵がテーマだっけ?」
言葉に詰まって何も言えないでいるわたしの反応を何かと勘違いしたのか慌てたように「先日たまたま竹中さんから聞いたから」と彼が付け足す。
詩織がいつの間にか香月君とそんな話をしていたことにも驚きつつ、わたしもなんとか
「うん、来月の21日が締め切りだから」
と答えた。
去年もわたしはこのコンクールに応募して佳作で終わってしまっていた。
それが悔しくて今年もこの時期に美術部の顧問の先生が任意で選ばせてくれるこのコンクールを選んでいた。
自分の好きな本の世界を、自分の好きな絵を描く事でなんとか表現したかった。
「姫野さん、やっぱり絵、うまいなぁ」
わたしがひとり思考に沈んでる横で彼はキャンバスを覗き込みながら不意に言う。
「俺、絵が上手いワケじゃないし、技術とか構図とかも分かんないけど、姫野さんの絵って線とか色使いとかが柔らかくて、なんかいいなって、俺好きだよ、姫野さんの絵」
彼はそう、いつもの屈託のない笑顔をわたしに向けて言った。
いつの間にか止んだ雨、雲の隙間から差し込んだ西日がそんな彼の横顔を眩しく照らしていた。
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