第6話 放課後の美術室
「で、最近香月君とどうなの?」
下書きの線を走らせていたキャンバスから顔を上げると、向かい側の椅子の背もたれに頬杖をついた詩織がなんだか楽しそうにこちらを見ていた。
放課後の美術室には、夏のコンペに向けて作品を準備していた私と詩織の二人しかいない。
なんとなく目を合わせづらくてキャンバスに隠れるように向き直ると
「なにが?」
と極力動揺を悟られないよう短く答えた。
制服はいつのまにか半袖に変わり、外は今日もモヤッとした曇り空だ。
梅雨だから仕方ないのだけれど
「今日はどーせ、行っても体育館のステージの上で筋トレだし」っと部活をサボった詩織がいつになく長居すると思ったら、どうやら他の部員が帰るのを待っていたらしい。
たまに部活をサボっては、こっそり持ってきたお菓子を片手に私の作業をのぞき込んだり、いつも教室でしているようなとりとめのない話をしには来ていたが、なんというのか、である。
「またまたー。ゴールデンウィーク明けてから2人とも急にあいさつしだしたり、ちょっとした時でもよく話すようになってたから、なんかあったんでしょ?みんな気になってるみたいだよ?」
そう言いながら詩織が頬杖をついたまま顔を横にしてニヤニヤと覗き込んでくる。
こうなると詩織はめんどくさい。
「ゴールデンウィークに、たまたま市立図書館で香月君と会ったの。それだけ。そこからなんか話すようになっただけ。」
彼とは本当にそれだけ。特別なにもないけど、周りからも何かしら思われていたとは。
そう思うと変に顔が熱くなった。
確かに教室でも特別目立たない私が、彼とある日に急に話し始めたら目立つだろう。
その証拠にゴールデンウィーク明けに話しかけられて一番動揺したのは自分だったんだから。
「ふーん、香月君いつも友達とかに囲まれてるけど、彩と話す時はちょっと雰囲気違うから、何かあると思ったんだけどなー」
そう言いながらなおも詩織はこちらに探るような目線を投げかけてくる。
「なにもないよ。詩織の気のせいじゃない?」
私は出来るだけ目の前のキャンバスに集中している風を装いながらそれらしく手を動かしていたが、しばらくすると詩織も飽きたのか、
「先帰るねー、あんまし遅くなんなよー」っと片手を上げて美術室から出て行った。
ほおっと詩織が出て行った扉を見てため息をつく。
やっと集中して絵が描ける。
授業が終わって今まで、2時間は時間があったはずなのに、詩織の相手をしていたこともあってほとんど作業は進んでいなかった。
いつもなら‘‘どんな絵を描きたいか”が頭の中におぼろげでも浮かんできて、下書きをしながら粘土をこねるみたいに少しずつ形を作っていけるのに、今日はどうしてもそれが出来なかった。
なんだか山の中で道に迷った挙句、濃い霧に囲まれてしまったような、気持ちは焦るのにどうしようもなく立ち尽くしてしまうような、そんな感じ。
うーんと考える人のように消し跡だらけのキャンバスを睨んでいると、不意にガラガラと扉が開いた。
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