第1話 朝

雨の音が聞こえる。


ゆっくり目を開けると、見慣れた天井。重いグレーのカーテンの隙間から入り込んだ光が、静かに落ちてゆく埃を照らしていた。


「なんで今になって…」


香月澄こうづき とおるが死んだのは、私が大学を卒業して社会人になった1年目、そろそろ雪がちらつきそうな12月の事だった。


デスクに置いたスマホが小さく振動して着信を伝えた。

あかり元気してる?」

小学校来の幼なじみの、普段らしからぬ神妙な声がスマホ越しに聞こえる。

私は年末迫るオフィスの空気感から少し離れ、自販機の置いてある休憩スペースまで行くと「元気だよ?詩織は?なんかいつもと雰囲気違うね?」っと答えながら肩にスマホを挟み、持って来た財布から小銭を取り出した。

「彩、香月君の事覚えてる?」

詩織の口から出た思わぬ名前に投入口まで上げ掛けた手が止まった。

「香月君、死んじゃったんだって…なんか癌だったみたい」

指先から滑り落ちた小銭の、チャリンと小さな乾いた音が遠く聞こえた。

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