赤い華が道路に弾けた。


肥料が土壌に吸収された。


盆と正月は空中で合体して1粒になった。


カッパを着て街を歩く私はそうして

空から降る彼等の1粒1粒に名前を与え、

その行く末を書いてみようと思った。


ボーナスは私の懐に入ってきた。


ミケはトタン屋根に落ちて甘く鳴いた。


目薬は見上げたことを後悔させてくれた。


ぼちゃん。

私の靴に踏まれた彼等のコロニーが、

靴下から素足までびちょびちょに濡らした。


「うへ~」と唸って足元に目を向けた途端に、

水たまりから噴き出た言葉に飲み込まれた。

頭の中の言葉の洪水に溺れ暴れ苦しむ。


どこまでも広がる暗雲、降り続ける水の粒。

彼等の1粒1粒に名前を付けるなんて無理だ。

動機が速まる。息が浅くなる。


ポンッと頭の中で弾けたようだ。

情報処理の限界を迎えて電源が切れる音。

頭の中は言葉が消えて真っ白になった。


私を包んでいた水たまり構成員たちの名も

さっぱり消えて視界がしっかり澄んでいる。


そうか、水たまりは「水たまり」でいいんだ。

水たまりを「水たまり」と簡潔に呼ぶことが

こんなに気分が良いだなんて知らなかった。


もう一回、天を見上げる。

1粒1粒すべてに同じ1つの名前を与えよう。


たくさんの佐藤さんが道行く傘を騒がしく叩き、

地面を濡らし、小さな池をつくっている。

街のあちこちに降り注ぐ佐藤さん。


1つの名前にまとめることがこんなにも楽だったなんて。

何も考えずに佐藤さんを眺めることがこんなにも心安らぐなんて。


しかしこの佐藤さん、地上に降りすぎると危険である。

佐藤さんは増えすぎると農作物を食い荒らし、

あらゆる建築物を破壊して進軍し、時には人の命も奪う。


そして佐藤さんは人間に欠かせないものでもある。

人類に生活用水を供給してくれるし、

農業において非常に重要な要素にもなる。


佐藤さんは人類にとって恵みをもたらすこともあれば

破滅を招く死神になることもあるのだ。


とりあえず次の日、職場の佐藤さんにいつもありがとうね。と感謝しておいた。

何のことか分からないという顔をされた。

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