「最近」の話

「最近」って具体的にいつなのか考える。時系列を現在0の数直線にしたとき、「最近」の守備範囲は負の向きに膨らんでいく笹団子みたいな形になりそう。


「最近行った」とか「最近寝てない」とかは、「最近」が過去を指す言葉として使われている。でも「最近」という言葉は、過去と現在と未来を跨いで使われることもある。


例えば「最近忙しい」にて使われている「最近」はもちろん過去の継続的な状態であることを意味していながら、「忙しい」状態が発言の時点でスパッと切れることはない。つまりこの用法での「最近」は未来も守備範囲である。この他に、「最近の子は・・・」で使われる「最近」も同じく近い未来まで包括している。


一旦まとめる。

「最近」+動詞。→過去のみ

「最近」+名詞/形容詞。→未来まで包括

今までの考察から得られる法則はだいたいこうだけど、もちろん例外はある。


例外

「最近ダイエットしてる」

この文はサ変動詞「する」を名詞「ダイエット」と合体させて、「ダイエットする」という動詞にしているので、上記の法則に則ればこの文は過去のみを記述していることになる。が、ダイエットをしている状態は発言の時点以降も継続されるはずなので、この場合の「最近」は未来のことも意味に含んでいる。


では、過去だけ、未来だけの表現ってなんだろうか。例えば「直近」は未来だけを指す。逆に過去のことを指示できない。明日、明後日、恐らく「直近2週間」という慣用表現があるように、「直近」は割りと幅広く近接した未来を指示できる。


過去だけとなると「ここ数日」って表現が使える。これも逆に未来のことを指示できない。昨日、一昨日、たぶん直前1週間くらいまでは守備範囲。現在に近い過去を指示できる言葉。


では、「最近」のほかに過去も未来も示すことが出来る表現はあるだろうか。例えば「この頃」との互換性があるかを考えてみよう。


最近、運動不足だ。


この頃、運動不足だ。


意味を通すだけが文の目的なのであれば、この2つの言葉を入れ換えても問題ない。モノローグの文であるとすれば、この2単語の間に宿る微妙なニュアンスの差が重要になってくる。


「最近」は先述のとおり時間を数直線化している表現だが、「この頃」では時間を抽象的な概念のままに受け止めている。つまり後者の方が過去未来との繋がりを考慮しない時間を示すことができ、数量的な範囲に囚われない主観的な時間の捉え方を描写しているといえる。


「最近10年」という表現は通るが不自然。

「ここ10年」という表現はよく聞く。


例えば作中キャラにナレーションを担当させる場合、こういった言葉選びはモノローグの知的な品格を左右してくる。ここならば「最近」よりも「この頃」という表現を好んで使う人間は思考の抽象度が高いのでより知性があるニュアンスを描写できる。


小説家は常に言葉の研究者でなくてはならない。私はそう信じて創作をつづけていく次第です。今回はここまで。よいお年を

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る