第6話

 圭介は彼女と旅行に行くことにした。とはいえ、一泊二日の箱根旅行である。圭介は遊園地でも行った方が楽しいのではないかと思ったが、彼女の熱烈な希望で近場で済ませるということになった。 

 新幹線の車内は満員だった。二人が座った席の隣にもう一つ椅子があって、そこにフィクションの老人みたいな髭を生やした老人が座った。


「おじさんはどこにいらっしゃるんですか」


 彼女が聞いた。彼女が旅の道中で行き合った人との会話を楽しむタイプの人間だということに圭介は驚いた。老人はしばしゆっくりとしかし明瞭な発音で答えた。


「大阪だ」


 聞くところによると、老人の恋人が大阪に住んでいるらしい。見た目の割に若々しい老人を見て、彼女は「いつまでも熱愛したいものだね、圭介君」と言った。 

 この老人があえて妻だとか言わなかったことに、恋人とは不倫相手のことを指しているんじゃないかと、圭介は不埒な妄想が頭をよぎった。


 やがて新幹線は動き出した。窓の外には彼女が滅ぼした街並みが広がっていた。復興支援の団体がひっきりなしに入っているらしい。新幹線が旅行の日までに復活したのは幸運だった。 

 瓦礫の景色は割とどこまでも続いている。全世界から恨まれている彼女に、この槍を撃ち込めたらと何度か思いかけた。彼女は駅弁とおーいお茶を机の上に置いて、少し早めの昼ごはんである。圭介は食欲が湧かないのでもうしばらくあとでいい。 

 彼女は、まだずっとおとなしかった。彼女はまるで何も悪いことをしていないかのように笑っている。


「何か顔でもついているのか? それとも、顔を見たいだけか?」

「見たいだけだよ」


 やがて電車が目的地についた。彼女とともに観光をした。湯葉丼が有名な店で食事をとって、美味い美味いと顔を合わせた。圭介は好き嫌いがまあまあある方だが、豆腐は割と食べることができた。 

 それから、「あらゆる温泉を入り倒す」とおおせった彼女の言葉に従って、各地の温泉巡りを行った。せっかくのデートなのに結局別のところに行くのはどうなのかと思っていたら、「次は家族風呂に入ろうな」と言われてしまった。 

 肩こり、腎臓、恋煩い、さまざまな効能がある温泉に入ったわけだが、そのどれも違いが明確にあるかのように思えなかった。 

 ある風呂は「槍湯」という名前だった。これほど自分に相応しい温泉はないと思って、腰まで使った。お湯から二つの槍が生えていた。そこに女性が刺さっていた。 

 圭介がそれを見ていると、背中に刺青を入れた恰幅の良い男が部屋に入ってきた。槍を見て「ここ女湯じゃねえぞ!」と言った。


「おい、小僧! ここ女湯じゃねえぞ! なんで女が入ってるんだ」

「落ち着いてください。周りの人の迷惑になりますよ」


 圭介は彼を懸命に落ち着かせた。しかし、男の激情は止まらないようだった。


「俺はな。今日一日中真面目に働いたんだ。それで、たまたま近くによったんで温泉に入ろうと思ったんだぞ」


 温泉から上がった後、圭介は彼女にそれを話した。彼女は少し悲しんで、温泉の向きに向かって手を合わせた。


「その昔、私たちは地を追われた。だから、まともな方法で二度と地を踏めない。彼女たちも……悲しんでくれるか?」

 この方法で悲しんだら、人類に対する裏切りになるのだと思った。彼女たちは人の敵なのだ。許してはならないんだ。

「まさか私の同胞であるところの彼女たちを悲しめないというのか!?」

「そんなことはない。そんなことはないよ。愛してる。悲しんでる」 

 ややおざなりになってしまったところを見て、彼女は機嫌が悪くなった。なんとかして彼女の機嫌をよくしないといけない。 

 二人が予約した旅館は、築100年、古めかしい伝統がある場所だった。二人はチェックインして、部屋に入った。外には山々が見えて、森は岩塊に直立し、野趣のある独特な箱根の風景がそこにあった。 

「いいね!」


 もはや、景色を見た時点でテンションが上がって機嫌も元に戻っているように見えるが、そうではない。目が笑っていない。


「機嫌を戻してくれよ。悪かったところはあると思うから」

「圭介君は私のことを都合の良い女だと思っていないか」

「そんなことはないよ」

「じゃあ約束してくれないか。この街を出る時、彼女たちをこの地で弔うと」 

 やがて時間が経って、料理がここに来た。彼女は伊勢海老などを見て、笑顔を取り戻した。


「彼女たちのことだけど……僕も弔いたいと思うよ。だけれども、あまり大大にそういうことはできないと思うんだ。世の中には色々な人がいる。誰か一人を助けて損する人が確実にいるんだ。これはこのことに限ったことじゃない。そういう言い方で納得してくれないか」

「曖昧だね」


 彼女は、何か形容できない形に変貌した。口の中に、自分の体を入れた不思議な構造になっている。すると、圭介の手の中に槍があった。圭介はこの槍を彼女の体に差し込んだ。料亭の高級な味噌汁がすっかりと冷めていた。

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