エモール・コルム ―3―
「……どういう状況だ?」
「えっと……色々あって……」
教室の扉を開き、フィスティシアとメモリアの目に映ったのはあまりにも奇っ怪な光景だった。半裸のエモールが静かに泣きながらモニカにがっしりと抱きついている。その光景に若干引き気味になりつつも、フィスティシアとメモリアは教室に足を踏み入れる。
メモリアはモニカの隣に腰を下ろし、すんすんと鼻を鳴らしているエモールの頭を撫でる。机の上に置きっぱなしになっている『機械之心』と、半裸になったエモールを見て何かを納得したようだった。
「なるほど。『機械之心』か。まぁ、これを知ってお前が黙っていられるはずがないとは思っていた」
「エモール。こっちおいで」
エモールに『機械之心』を返し、メモリアは両手を広げてエモールを抱きしめる。子どもみたいにすすり泣きながら、エモールはメモリアに抱きついた
自由になったモニカは、姿勢をピンとして整える。そしてその姿勢のままフィスティシアの方をみて真剣な目つきで言う。
「今日は早いですね。何か用事があるんですか?」
その言葉を聞いてフィスティシアは軽く悩みながらメモリアとエモールと目を合わせる。
「……これは、あまり言いふらすような事ではないから、誰にも言うなよ」
「は、はい!」
「学園序列、というものは知っているな」
学園序列。バウディアムスの生徒の単純な強さとしての階級をわかりやすく示したものだ。近接戦闘、魔法、学力。すべてを総合した能力値が高い生徒ほど、学園序列は高い。
「各魔法学園の学園序列、1位から3位までの魔法使いには、大魔法使いに挑戦する権利が与えられる」
「それが、私たち3人なんだよ」
「……それって、めちゃくちゃすごいことじゃないですか……!」
「すごいなんてものじゃないよ。総勢5000人の魔法使いの頂点。私たちは5000人の魔法使いの中の選ばれた強者なんだ」
言うまでもなく、学園最強であるフィスティシア。そして、そんなフィスティシアを入学試験での実技で打ち負かしたメモリア。1度メモリアの戦っている姿を見た事があるモニカは、フィスティシアの実力も半端ではないと悟った。
だが、信じられなかったのはその2人にエモールが肩を並べているということだ。つい先程まで自分の胸の中で泣きわめいていた先輩が、学園序列3位だという事実を、モニカは受け入れられずにいた。
(ほんとは強いのかな……)
「私たちの相手に誰が選ばれるかは分からない。今日はその試験に向けての訓練だ」
2人揃って教室にやってきたのは、3人揃ってと一緒に訓練をするためだったらしい。ふとモニカがエモールに目をやると、エモールは泣き疲れてしまったのか、メモリアに抱きしめられてすやすやと眠ってしまっていた。
満足そうな微笑みを浮かべてエモールの頭を撫でるフィスティシアに、モニカはエモールを起こさないよう小声で言った。
「みなさんは、卒業したら大魔法使いとして活動するんですか?」
意外な質問だったのか、フィスティシアはその言葉を聞いて一瞬だけ硬直したが、すぐにいつもの調子を取り戻して言った。
「確か、エモールは魔法に関連するカウンセリングを広めたいと言っていたな。こんな体だからか、私たちのせいなのか、エモールは『感情』や『心』と言ったものに敏感になっているらしい」
モニカは、エモールの秘密を仲のいい3人が知らないはずはないだろうと思っていたが、その予想は的中していたらしい。どうやら『機械之心』のことも知っていたようで、感情のことも、理解した上で黙っていたようだ。フィスティシアは申し訳ない気持ちを隠しきれないようで、眉を落としてエモールを見た。
そんな気まずい雰囲気を察してか、モニカの質問に答えるようにメモリアが口を開く。心地よさそうに寝ているエモールを気遣って小さな声で言った。
「私は家を継ぐのと、宮廷魔法使いになろうと思ってるよ。楽に稼げそうだし」
「お前はもう少し将来について深く考えた方がいい」
「なんなら、私はフィスのヒモになれればそれでいいかな〜」
「働かないやつは家にはいれん」
空気は一変してほんわかと和み始める。メモリアはフィスティシアに養ってもらう気満々のようで、提案をしては度々フィスティシアに断られている。
「私は家業を継ぐつもりだ。それ以外にやることも見つからん」
「フィスティシア先輩の家業って……」
「エトゥラ家は代々裁判官を務めている家計だ」
「すごく、似合ってますよ……!」
フィスティシアにはお世辞のように聞こえたかもしれないが、それは間違いなくモニカの本心だった。ごくりと唾を飲んで、フィスティシアが裁判官になっている姿を思い浮かべる。カンカンとガベルを鳴らし、判決を下すフィスティシアの姿が容易に想像できた。
「……そういえば、大魔法使いは各国に1人だけのはずですよね。どうやって大魔法使いになるんですか?」
ふと、疑問に思ったことをモニカは口に出す。それを聞いて、フィスティシアは一気に顔を青くした。
「エモールと私は故郷の国を代表する大魔法使いになるんだ。大魔法使いがいる、ってだけでバンザイの抑止力にもなる」
「じゃあ、フィスティシア先輩は……?」
話を振られると、フィスティシアは崩れ落ちる。青い顔をしたフィスティシアの代わりにメモリアが答える。
「フィス、生まれも育ちもノーチェスだから……」
「分かっている……分かっているとも! これ以外に道はないことくらい分かっているんだ」
崩れ落ちたフィスティシアは声を荒らげて立ち上がる。拳を握りしめ、覚悟を決めたように視線を上に上げる。
「大魔法使いは各国に1人だけ。つまり、フィスがノーチェスで大魔法使いになるには、元々ノーチェスで大魔法使いとして活動するアステシア先生に勝たないといけないの」
「無理だろうそんなこと……」
「そ、そんなに絶望することなんですか……?」
躍起になったかのように思えたフィスティシアは再びへなへなと崩れ落ちる。この中で唯一アステシアの実力をよく知らないモニカはフィスティシアの態度に疑問を覚える。
「お前はまだ知らないだろうな、あの人の本当の実力を……」
「フィス、最近サボりまくるアステシア先生に挑んで手も足も出せずにコテンパンにやられたんだよ……」
「そこ! 小声で言っても聞こえてるからな!」
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