いつもと違う日 ―2―
「はぁ……」
学園の外れ。魔獣の屍の上で、旭は大きくため息をつく。アステシアからも忠告があった場所だ。警告通り、旭がそこに立ってものの数分で何匹もの魔獣が現れてきた。
「つまんねぇ……眠気覚ましにもならねぇぞ」
旭がわざわざ学園の外れにまできて魔獣を倒しに来たのは、ただの憂さ晴らしのためだけではなかった。
(魔法は使える、けど……)
記憶が消えてしまった分、旭は魔法が使えなくなっているかもしれないという不安をしていた。魔獣相手に試す必要はないが、ストレス発散をするための犠牲は必要だったらしい。
旭の心配は杞憂に終わった。焔の調子は万全。それどころか、今まで以上の火力だった。魔法は使える。だが――
「八重、返事しろ」
旭の言葉に、八重は応えない。何度も何度も、旭は殺生石に向かって呼び続ける。だが、八重が姿を見せることも、返事をすることはない。
「くそ。せっかく『妖魔』を試そうと思ってたのに……」
八重から妖気の供給を受けることができない。つまり、今の旭では魔法と妖術の融合、『妖魔』が使えないのだ。旭は未だに、妖気を感知することはできても、コントロールすることができない。
「これも何とかしないとな」
旭は死印が刻まれた自分の右腕に目をやる。既に死印は朝日の右半身を蝕んでいた。痛みはないが、見た目の印象が最悪だ。当分の間服装にはこだわれない。
「……?」
ふと、旭はどこかから人の気配を感じた。誰かに見られている気配。じっと見られているような、視線の刺さる感覚。キョロキョロと旭は辺りを見回すが、人影は見当たらない。
「なんだ?……」
旭が視線を戻した瞬間、それは視界を覆うように現れた。
「ばぁ」
「……何してやがる」
そこには、生徒会の腕章を身につけたメモリアが立っていた。魔獣の山の上に座る旭を見上げるようにメモリアは旭と目を合わせる。
「もうちょっと驚いてもいいんじゃない?」
「あんたはこういうの向いてねぇよ」
「確かに。モニカにも効かなかったし」
腕を組んでメモリアは真面目そうに考える。これほどくだらないことに必死に取り組むことができるのは、メモリアのよくな変人くらいだろうと、旭は肩を落として息を吐く。
「なんか用か?」
「……いや、なんだ。調子はどうかなってね」
なにか含みを持たせた言い方で、メモリアは旭に問いかける。旭もその言葉の意図を感じ取ったのか、一気に空気が張り詰めた。
「まぁ、なんかしてんなとは思ってたけど……」
「あ、バレてた? いつ頃から?」
「……覚えてねぇよ」
怒る気力も失せたのか、旭の怒りは不機嫌な態度に変わる。ピクピクと僅かに眉を震わせている旭を、メモリアは無邪気に笑いながら見上げた。その姿を見ると、更に怒りが込み上げてくる。旭は今にもメモリアにぶつけてしまいそうなほど煮えたぎっている怒りを押さえつけて言った。
「とっとと記憶を戻せ。面倒なんだよこれ」
「うーん……まだだめ」
「そんなに死にてぇかこのクソ女……!」
「あ〜待った待った、それは無し。焔は使っちゃいけないんでしょ?」
「……なんで知ってる」
「そりゃ私、『記憶』の魔法を使うんだもん?」
何度も出てしまうため息はストレスからだろうか。怒りはもはや呆れのような感情に変わってしまう。まるで子どもの相手をしているようだった。
ほとんど答え合わせのようなやり取りだ。隠すつもりもないのかもしれない。旭は魔術の山から飛び降り、メモリアの目の前に着地する。
「時が来たらちゃんと返すよ」
「……一応確認だけど、記憶が失くなったのは全部お前の仕業なんだな?」
「うん。私以外にはだれも関与してない」
「なんでこんなことすんだよ」
答えは分かっても、旭にはその意図が分からない。謎解きの答えが分かっても、その理由が分からなければ納得ができないのと同じだ。しかし、旭は足元に転がる石ころを蹴飛ばしながら、興味無さそうにメモリアの言葉に耳を傾ける。
旭にとって、理由なんてものは大して重要なものではない。答えが分かればそれでいいのだ。だが、意図や理由というものを軽視しているわけではない。どうせ大した理由なら聞く必要はないと思っているだけだ。
「ん〜、私も回りくどいことは嫌いだから、早めに要件済ませちゃうね」
そう言って、メモリアは言葉を続ける。
「騎獅道。私と一緒に世界をぶっ壊さない?」
「……はぁ?」
予想もしていなかった言葉に旭は思わず気の抜けた声を出す。けれど、目が合ったメモリアの表情へは至って真剣なものだった。メモリアの言葉に冗談はないと理解すると、旭は態度を一変させる。つい先程まで微塵も興味を示していなかったというのに、旭は似合わない真面目な顔をしてメモリアと向き合う。
「話の前後が無さすぎだろ。なんでそんなことする必要がある?」
「騎獅道は、魔法のことをどれだけ知ってる?」
「……一般常識くらいには知ってるんじゃねぇか」
魔法について、とメモリアは語る。特ににも考えることもなく、物心つく前から使えるようになる魔法。思えば、旭も関心を持ったことはなかった。魔法というの存在について、調べたことはない。
「さっきも言ったけど、私は『記憶』の魔法。ビアス家が代々受け継いできた継承魔法を使える」
継承魔法とは、一般魔法や基礎魔法、固有魔法とは異なり、国や世界から認められたごく一部の魔法のことだ。そういった魔法は魔法書や魔法陣として保管され、個人や特定の家系が管理することになる。
「『識』。それがビアス家に受け継がれる魔法の名前」
「『記憶』は?」
「『記憶』の魔法は『識』に内包された能力の1つでしかないの」
「で、それがどうしたって?」
「私は、『識』の能力によって、魔法継承者の記憶を見ることができる」
継承魔法、『識』を受け継いだすべての継承者の記憶を、メモリアは観測することができる。それがどんな話に繋がるのか、分からないはずはなかった。旭は固唾を飲んでメモリアの言葉に耳を傾ける。
「それによって私が知ったのは、魔法の真実。あなたも含め、多くの魔法使いたちに刻まれた、魔法という名の呪い」
「……呪い?」
「騎獅道。魔法使いがなぜ魔法を使えるのか、考えたことはある?」
「なんでってそりゃ……魔力と
「じゃあ、固有魔法は? なぜ、魔法は個人に刻まれているの?」
「知らねぇよそんなこと……」
そう言いつつも、旭は頭を捻って考える。固有魔法、個人に刻まれた特別な魔法。刻まれた者以外には絶対に使えない魔法だ。
ある者には星を、ある者には希望を、ある者には嘘を、ある者には月を。
なぜ、固有魔法というものは存在するのか。そこに、理由なんてものはないと思っていた。だが、旭のそんな甘い思い込みは、次のメモリアの言葉で覆されることになる。
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