魔法という呪い
すべては、ある2人の魔女から始まった。
世界を想像し、8つのルールを定めた『鍵』。2人の魔女はその『鍵』そのもの。2つのルールから生まれた2人の魔女。
使命なんてものはない。生まれたことに意味はなく、何を求めるでもなく、2人の魔女は世界を観測していた。求めるまでもなく、魔女はすべてを持っていたから、何もしなかったのだ。
だが、2人の魔女が生まれた理由は、ある日突然に現れた。
「人は、どうしてこうも愚かなんだ」
人類は、滅びの道を辿った。『戦争』、『飢餓』、『支配』、『死』。人類が捨てられなかった愚かな感情、エゴ。魔女たちが見ていた世界はいとも簡単に滅亡の一途を辿る。
「可哀想に……助けることはできないのか」
「余計な止めておけ。滅ぶのだというのなら滅べばいい。腐るものは腐らせればいい。私たちが手を出す必要はない」
「でも、これじゃああまりにも……」
「力を与えるというのか? 人間に? 馬鹿なことを言うな」
人間を哀れみ、手を差し伸べようとする魔女。人類の滅びを受け入れ、不干渉を貫く魔女。相対する2人が人間のようにぶつかり合うことはなかった。
対話の末、魔女たちは『ある素質を持つ者』にだけ力を与えることにした。魔女たちと同じ力。魔法に目覚める者たちは世界に数人。選ばれたものだけが魔法を使えた。
*
「それが固有魔法。2人の魔女によって与えられた最初の魔法、『識』」
メモリアは視線を落とし、俯いたままそう言った。だが、それを聞いていた旭は納得できない様子で首を傾げる。
「結局、魔法が与えられる条件ってのはなんなんだよ。それがなんで今関係してる」
「はぁ。なんで話の流れで察してくれないかなぁ」
「お前が分かりやすく説明しないのが悪い」
「……じゃあ、分かりやすく説明してあげるよ」
そして、メモリアは言う。2人の魔女が作り出した呪い。最低で、最悪な、魔法使いたちを苦しめている悲しみ。その全貌を。
「固有魔法はね。その魔法使いの因果なんだよ。私の『識』も、もちろん君もね」
魔女たちが定めた魔法を宿す条件。それは、背負うべき罪の形。因果、業とも呼べるもの。
「私たちは、私たちが生み出した絶望を背負い続けて生きていく。それが、2人の魔女が作った魔法の呪い」
罪を、罰を。魔法に目覚めたもの達は見せ続けられる。心の傷を、深く刻み込まれた絶望を。
「……お前の『識』は?」
「聞きたいの?」
旭は首を横に振った。この話の流れで、誰がそう易々と魔法との因果を聞けるものか。聞いてしまったら最後、あるのかきっと後悔だけだ。
旭は自分に問いかける。固有魔法は、己の傷。背負うべき罪の形。だというのなら、『焔』は一体何なのだろうか。
「皮肉だよね。私たちが最も嫌悪したものが、私たちの力になる。こんなに恐ろしいことはないよ」
「……何か、忘れたいことでもあったか?」
そう言いきってから、旭は自分の発言の軽率さに気がついた。これは地雷だ。踏んではいけなかった。旭は恐る恐る目の前のメモリアの顔色を伺う。だが、そこに旭が想像しているような表情はなかった。
「……忘れたいこと、ね。あるよ。一つだけ」
物悲しそうにメモリアは呟いた。それが何なのか、旭は聞くことができなかったが、後悔はしていない。きっと、その先を聞いたら、もっと後悔することになるだろう。そう思ったからだ。
「でもね、私はそんな魔法の在り方は間違ってると思う」
話はようやく本題に入ったらしい。メモリアは鋭く真剣な眼差しで旭を見つめる。
「罪からは目を背けるべきそんな馬鹿なことは言わない。ちゃんと向き合うべきだって分かってる」
けど、とメモリアは言葉を続ける。
「でも、この呪いが、魔法がある限り、魔法使いには絶対に幸せは訪れない」
罪。罰。悲しみ。呪い。
それを背負っている限り、魔法使いに本当の幸せは訪れない。
「赦されることのない罪を背負うことがどれだけ苦しいか、あなたには分かるでしょう!?」
「……あぁ。当然、分かるよ」
「なら!」
「けどな」
声を荒らげ、瞳に涙を浮かべるメモリアを静止するように、旭はメモリアの言葉を遮る。そして、燃えるような目で、焼き付くほどじっとメモリアと目を合わせて言う。
「それがないと、幸せになれないやつもいるんだよ」
それが誰のことを指しているのか、旭には分からなかった。誰よりも魔法を望んだ少女。希望を宿し、星に願った奇跡の魔法使い。
「魔法がある限り幸せにはなれないんだろうな。確かにそうだ。分かってる。それは分かってるんだ」
「でも、私の手は取れないの?」
そう言ってメモリアは旭に手を差し伸べる。その手を取れば、メモリアの思惑通り世界は変わるのだろう。魔法使いたちは呪いから解放され、魔法のない世界で幸せになることができる。きっと、その方が正しいに決まってる。
「俺の答えは変わらない。この世界には、魔法に縋らないと生きていけないやつがいるんだよ」
「……どうしてそう思うの?」
だか、メモリアは引き下がらない。手を戻す様子はなく、旭に手を伸ばし続けている。
「なんでだろうな、お前のせいでよく覚えてないけど、なんかそんな気がするんだよ」
「……そう」
「それに、お前だってそうだ」
「私?」
「忘れたいことがあるって言ってたけど、それってほんとに忘れていい事なのか?」
メモリアの表情に変化はない。何を考えているのかまるで分からない顔で、メモリアはどこか遠くを見つめている。
「お前にとっては忘れたい傷だったとしても、他の誰かはそうじゃないかもしれないだろ」
「……君は、本当に何も分かっていないんだね」
微かに、メモリアのそんな言葉が聞こえた気がした。
「騎獅道。記憶を失いながらも、君は彼女のことを覚えていたんだね」
「あ? 誰のこと言ってんだ?」
「『繋ぐ者』のことだよ。君は忘れているだろうけど、いつか思い出す。その時を楽しみにしているよ」
そう言って、メモリアは旭に背を向けて歩き出した。旭の顔も見ずにヒラヒラと手を振るメモリアに、旭も小さく手を振りながら言った。
「お前のことよく知らねぇけど、言いたいことは分かったよ。いつかまた、分かり合える時が来ると思う」
「ばーか。その時にはもう遅いんだよ」
メモリアは振り返って旭に向けて舌を出す。心做しか、その時に旭が見たメモリアの顔には笑顔があるように見えた。
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