助けを呼ぶ声
頭が酷く痛む。脳の中を何かが蠢いているような、この上なく気持ちの悪い感覚がしている。これは、ただの身体的な不快感だけではない。今この場にいる空間も、悲鳴を上げながら逃げていくものたちの声も行動も、目の前に立つ男の血みどろの姿も、何もかもが。
「気持ちが悪い……!」
脳を巡るあらゆる知識が、人間が、その命の在り方が、魔法というこの世界に蔓延る病が――!
「全部、全部! 気持ち悪い!」
雨が降っているみたいが。真っ暗で、光のない道を傘もささずに歩いていると勘違いするような不快感。身体のそこらじゅうがびしょ濡れになっているような、悪心を駆り立てるような不快感。
思っていたことが声に出てしまう。気持ち悪い、気持ち悪いと繰り返し、何とか意識を保っている。自分が自分じゃないみたいだ。今この瞬間を生きているのは自分なのに、「自分」という存在を客観的に見ているような不可思議な感覚。
「そこを……退いて!」
手を振ると、不愉快なまばゆい光が辺りを覆い、目の前の男を跳ね飛ばす。まったく意識をしなくても魔法が発動している。
「”
使ったこともない魔法、見たこともない魔法なのに、身体が勝手に反応している。痛い。痛い、痛い。言葉は頭の中に反響するが、身体は聞きはしない。止まらない。止められない
。戸惑っている間にも時間は進んでいく。響く言葉は脳を支配していく。何度も何度も訴えているうちに、身体もそれを自覚したのか、光の弾を乱射していた身体はピタリと動きを止めた。
「あ……ああぁ……! ああぁあぁあああぁああぁああぁあ!!!」
もう何も見えない。何も聞こえない。何も分からない。気持ち悪い、痛い、苦しい、辛い。不安感が、不快感が、不安定な心を激しく揺らす。
すべてが見える。すべて聞こえる。何もかも分かる。脳を支配する知識の奔流が思考を止める。何も考えられない。すべてを理解できる。
「誰か、助け……て――」
救いを求める希望は声に出ていた。それでもきっと、その声は誰にも届かない。脳の血管が切れたのか、思考をするための回路が焼けてしまったのか、とうとうモニカの意識が消えていく。
真っ暗な闇の中に落ちていく。抵抗すらできないまま、モニカの意識は無限の深淵へと落下していく。下も、右も左も、目の前にさえも光はない。見渡す限りの奈落。
手を伸ばし、また誰かに助けを求める。返事はない。このまま意識を落としてしまったら、どうなるだろうか。そんなことを考えて、またモニカは手を伸ばす。手を取るものはいない。
(あぁ、私……死ぬのかな)
だが、それを受容できるほど満足した人生など、モニカは送っていない。まだクラスメイト全員と友達になっていない。ソラとの約束も果たしていない。まだ、何も終わらせたくない。
モニカは手を伸ばした。何も無い虚空に向かって、沈みゆく世界で名前を呼ぶ。大嫌いな人の名前を。あの日、助けてくれた人の名前を。
「助けて……旭……」
奇跡は星を巡る。行方のない言葉は――
「あぁ、もう大丈夫だ」
確かに、届いていた。
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