神精樹の古書館 ―4―
「おぇ……」
コップいっぱいのどす黒い液体を飲み、モニカは濁点のついたようなダミ声を嗚咽する。誰であっても、向こう側が見えない、得体の知れない液体なんて飲みたいとは思わないだろう。鼻をつまんで、モニカはようやく液体を飲み込んだ。モニカの血と魔力に反応し、凝縮し、巨大化した真黒な水。血はたった1滴しか入れていないというのに、鮮血のジュースみたいな味がする。
「これ……なんで、飲んだんですか……」
「お前の血と魔力が混ざっているんだ。お前が処分するのは当たり前だろう」
「うぅ……気持ち悪い……」
アステシアは手の甲に少しだけ飛び散った液体を拭き、心底嫌そうな顔をしている。潔癖症なのか、それとも眠りを妨げられたからなのか、モニカには分からなかったが、とにかく不機嫌であることは誰が見ても明らかだった。
「『水と血』か、他にも方法はあっただろうに、なぜわざわざ……」
「す、すみません……」
「いや、いい。私の監督不足だ。謝るな」
後味の悪い水を飲み干したモニカはぐったりと机に置い倒れ込む。ソフィアに背中をさすられて、少しづつ気持ちを回復させている間、アステシアはソフィアの持っていた本をじっくり読んでいる。そして、アステシアは落ち着いた声で言った。
「エストレイラ、お前は「闇」の魔力を持っている」
「や、闇……ですか?」
「今のように、予測できない結果が起きるのは、大体「闇」の性質だ」
液体が赤く染まれば「火」、青く染まれば「水」、緑に染まれば「風」、黄色に染まれば「土」、キラキラと輝けば「金」。魔法は、この五つの性質が基本となっている。それ以外の「闇」「光」「虚」の性質を持つ魔法使いがあまりにも少ないからだ。
モニカのように、予測不可能な変化が起きるのが「闇」。それとは逆に、魔力を込めても何も起こらないのが「光」だ。「虚」の性質を持つ魔力が水に込められると、水を入れている容器が割れる。
「「闇」は久しぶりに見た。なかなか珍しい性質だ」
「闇……闇かぁ」
「不服か?」
「いえ、そんなことはないんですけど……」
むしろ、モニカの表情は喜んでいるように見える。モニカは、自分の特別さに、優越感がある訳ではない。ただ、モニカのよく知る人物と同じような力があることが、たまらなく嬉しいのだ。
(八重さん、やっぱり私はこの道を進むべきだと思います)
人と妖が共に手を取り合う未来。かつての八重が目指した、理想の世界。
(だから私は、繋ぐ者なんですよね)
決して交わることのない2つの平行線を繋ぐ。神獣と謳われた八重でさえもなし得ることができなかった未来を、モニカはこれから目指していく。その使命の重大さを知らぬまま、モニカは進んでいく。
「さて、それじゃあそろそろ帰るぞ」
「あ、すみません。ここって、本の貸出はしてるんですか?」
「……できないことはない」
あえて「できる」とは言わないところを見ると、アステシアの性格がよく分かる。どこか角が立つような、面倒事を避けるような言い方をするアステシアの表情は徐々に曇っていく。そんなことは知らず、モニカは一冊の本を持ってきた。
「司書に聞けば貸出手続きをしてもらえる……」
「ありがとうございます!」
アステシアから見たモニカは、とても「闇」の性質の魔力を持っているとは思えないような魔法使いだ。今まで何度か、アステシアは「闇」の魔力を持つ魔法使いを見てきた。
(……お前のようなやつは初めてだ)
一寸先は闇、だ。「闇」の性質は、その者の運命を予測できないものに変えてしまう。何度も、アステシアは見てきた。暗く、先の見えない未来に戸惑い、苦しむ。「闇」とはそういうものだ。だから、「闇」の魔力を持つ魔法使いは、孤独で、不可解な力を持つ。
だが、モニカは違う。モニカの進む未来は暗闇ではない。希望という光が差し込む、道になっている。
「お前が心を託すのもわかる気がするよ、八重……」
「……? 先生、何か言いましたか?」
「独り言だ。気にするな」
ソフィアには、アステシアの口の動きしか分からなかった。アステシアの独り言が泡のように消えていく。誰に聞かれることもなく。
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