モニカ・エストレイラ

 あれから数ヶ月。白雪の季節は過ぎて、ノーチェスに似合わない桜が舞う。夜の空を背景に散る夜桜は映えて美しいものだが、もう見慣れてしまって、色褪せたようにも感じられる。毎年恒例の花見は、家族とパーシーと一緒に済ませた。試験前のリフレッシュは完璧だった。



「髪、ほんとに良かったの? 前のままでも可愛かったのに」



 数日前。「気分転換」と言って、パーシーは腰ほどまで伸びていた綺麗な青髪をバッサリと切り落とした。半分以上切った髪は、それでもまだ長いままのようで、モニカに頼んで髪を結ってもらっている。ファッションに疎いモニカは、髪型なんてろくに知っておらず、とりあえず高い位置でポニーテールを作る。



「私、髪結ぶの下手だよ」


「上手い下手じゃないよ。モニカにやってもらうことが重要なの」


「そう? ……はい、できた!」


「…………うん、完璧」



 髪を鏡で確認しながら、パーシーは満足そうに笑う。つられてモニカも笑顔になってしまう。とは言っても、まったく緊張感がないわけではない。2人とも、内心は不安と焦燥で胃がひっくり返りそうなほど緊張していた。



「パーシー、私……受かると思う?」


「何言ってんの、受かるよ。絶対」



 しかし、モニカには想像できなかった。試験に合格し、バウディアムスに通う未来。パーシーの隣で、一緒に魔法を学ぶイメージが、これっぽっちもできなかったのだ。



「私……こんなんじゃダメかも……」



 不安で挫けそうになってしまう。こんな時、どうすればいいのか、モニカには分からなかった。初めて経験する、運命の分岐点。1歩でも道を誤れば、その下は暗闇だ。モニカには、そんな経験はなかった。パーシーとは比べ物にならないくらい緊張しているのも仕方がない。

 モニカが不安で打ち震える中、トタトタと、階段を駆け下りる音が聞こえてくる。パーシーにもそれは聞こえていたようで、顔を上げて顔をしかめる。



「モニカモニカモニカモニカモニカ!!!!」


「来たな! 狐ちゃん!」



 お気に入りの杖を音のする方向へ振り下ろす。空間が歪み、一帯の重力が強くなっているのが見て確認できる。しかし、ソラはそれをものともせずモニカに飛びついてくる。



「当たった!?」


「全然……」


「うわぁ〜! やっぱダメか〜!」



 2人を縛り付けていた緊張が一気にほぐれる。エストレイラ家に住み着き、モニカと数ヶ月を共にしたソラは、今では災いと呪いを振りまく妖狐、というよりも福を呼び寄せる白狐みたいな印象だ。



「うーん、私にも見えたらいいんだけどな」


「べ〜!」


「こら、そんなことしちゃ、め!」


「むぅ……ごめんさない」


「え? 私今何されたの……」



 空気が変わる。ピリピリとしていた雰囲気はソラのおかげで和らいでいく。モニカは、ソラを頭に乗せて家を出る。数時間後、笑顔で帰って来れるといいなと、考える。でも、きっとそんなに簡単にはいかないだろうとも考えて、ガックリと肩を落とす。母に見送られながら、パーシーと一緒に。まだぐらぐらと不安定に左右に体を揺らしている。パーシーの重力によるサポートがなければまだまともに飛ぶこともできない。しかし、荒削りながら、今できる最善をモニカは尽くした。

 もうすぐバウディアムスの試験が始まる。星が、モニカたちを鼓舞するように輝いていた。

 そして、モニカは出会うことになる。ソラと同じく、自分の人生を大きく変える人物と。


 復讐の怨嗟は、もうすぐそこまで――

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