魔法使い ―7―
私は、生きていてはいけない。私が生きている限り、どこかで誰かを傷つける。たまたま、今回は本当にたまたま、運がよかっただけ。私は存在するだけで人を呪ってしまう、最低最悪の……
「妖……」
酷く現実に打ちのめされる。モニカは人で、私は妖。生きている次元が違う。モニカに見えているから、なんだって言うのか。結局、私は独りで生きていくしかない。
小狐は月を見て黄昏れる。夜風が心地よく靡く。涙はとうに乾いていた。
「優しい人……でした」
「そう? 私は、ソラの方が優しいと思うな〜」
気がつくと、すぐ後ろにモニカが座り込んでいた。いつも通りの笑顔で、さっきまで死にかけていたというのに、それがまるでなかったみたいに笑っている。思わず、小狐は後ずさる。
「こ、来ないでください!」
「どうして? 私はもう大丈夫だよ」
「関係ありません! 私は……離れなきゃいけないんです! 一緒にいちゃダメなんです!」
モニカは少し悩んだ仕草をして、頭を捻る。しばらく動かないでいると、油断していた小狐をすかさず抱き抱えてしまった。
「つーかまーえた!」
「も、モニカ! 離してください!」
「やーだ!」
小さくて短い手足でじたばたとしているが、モニカにはこれっぽっちも効いていない。そのまま抵抗できず、小狐は膝の上に乗せられてしまった。頭と尻尾を撫でられて、満更でもない光悦とした表情のまま頬を膨らませている。
「呪い、もう解けたんだって。刻印はまだ残ってるけど、影響はないらしいよ」
「いつどうなるかわかりません。またさっきみたいなことになったら……」
「それも、大丈夫」
根拠なんてものはない。ただ漠然と、「大丈夫な気がする」からそう言っているだけだ。実際にそうなってしまったら、次はどうなってしまうだろうかと、悪い妄想をする。でも、死にかけること以上に辛いことは、今のところ思い浮かばない。それに……
「その時はまた、奇跡を起こすよ」
「……そう何度も起こされては、それはもう奇跡じゃありません」
「あはは、それはそうだね」
「私ね、少し前まで、こんな目は要らないって思ってた」
「……私たちが見える目ですか?」
「そう。ほんとは魔法が使いたかったのに、こんなの要らない〜って」
「奇跡を起こす」と、言ってくれた。こんなにも暖かく、抱きしてめくれるモニカに、どうやって恩を返せばいいのだろう。月を見て、小狐は考える。
「でもね。今は……そうでもないんだ」
きっと、モニカはそんなこと気にしないだろう。恩返しなんて要らないと言うはずだ。なんの理由もなく誰かを助ける。優しくする。そういう生き方しかできないから。同じだったから、惹かれた。
「多分、ソラがいなかったら私は、魔法使いになること……諦めてたんだと思う」
「モニカは、自分のことを過小評価し過ぎです。そんなことありません」
しばらく、2人で他愛ない会話を交わす。そろそろ眠くなってきたのか、小狐は膝の上でウトウトしてきた。月が雲で陰る。朧に照らす月明かりが、ノーチェスに降り注ぐ。月が姿を現す。ほんの少しの光の変化で小狐はぱちくりと目を開き、モニカの膝から飛び降りた。モニカは小狐につられて目を蕩けさせて、今にも眠ってしまいそうだった。大きく息を吸って、眠気など吹き飛んでしまうほど大きな声で小狐は叫ぶ。
「私は! モニカのことが大好きです!」
「……うん、知ってる」
小狐は続けて言う。
「そして、モニカも私のことが大好きです」
「そうだね」
「なので!」
満月を背に、小狐はまた1つ成長を遂げる。ゆらりと、小狐の尻尾が揺れる。妖しい影を纏わせて、暗闇に浮かぶそれから目を離した瞬間、尻尾が分かれた。モニカの日々のブラッシングによってつやつやともふもふを同時に兼ね備えた小狐の尻尾は、2本になり、それぞれふよふよと小狐の背中で揺れている。
「もうちょっと、一緒にいてあげてもいいです!」
(尻尾が増えた……)
モニカからすれば、尻尾のせいでなんだか締まらない宣言となってしまった。
「じゃあ……」
溢れ出るもふもふ欲を必死に押さえつけ、モニカは小狐を抱きしめる。
「私が大魔法使いになるまで」
そう言って、モニカは屈んで手を差し出す。甘いフレンチトーストが思い出される。小狐は満面の笑みでモニカの手をギュッと握り返して言った。
「私が立派な妖狐になるまで!」
これは、星降る奇跡の物語。
決して交われない2つが結ばれた日。2人は気づかない。この日、2人が成した偉業を。妖の呪いを跳ね除けたモニカ、妖としての本能から解放されたソラ。数々の奇跡の果てに2人が見つけた、人と妖の1つの可能性。でも、その重要性に2人が気がつくのは、もう少し先のお話。
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